トップページ > トラウマ・PTSD研究 > トラウマの世界に潜む魔女
魔女化する人は、古典的なボーダーライン人格を持つ人々の姿を象徴しています。かつては女神のように美しく、無垢な魂を持っていた彼女たちが、どこかで傷つき、悪魔化してしまったのです。幼少期、親の気分に左右されながら溺愛されたり、無視されたりする日々を送り、その結果、次第に人生に対する期待を失い、冷めた目で現実を受け止めるようになっていきます。
思春期には、内なる葛藤が激化し、精神疾患を抱えることもあります。焦りや苛立ちに囚われ、人生が思い通りに進まないことへの不満から、過食などの衝動的行動が出現します。成長して親から自立しても、恋人に対する期待と裏切りの繰り返しで新たなトラウマを負い、心身はますます凍りつき、ギリギリの状態で生き続けます。
魔女化の過程では、身体性が失われ、心の空虚さが増し、強迫観念が姿を現します。自分を厳しく律する一方、秩序ある予測可能な世界を望み、完璧主義に陥る傾向があります。魔女のような防衛的な人格が現れ、自我を保護しながらも迫害的な役割を果たし、貪欲な欲望が抑えきれずに肉体を渇望します。超自然的な力を使って他者を誘惑し、害を及ぼすその姿は、内なる葛藤とトラウマの具現化であり、深い心理的防衛機制が働いているのです。
トラウマの内なる世界の支配者は、現実世界で危害を加えた人物と、原始的な防衛システムによって生まれた魔女的存在が混ざり合ったものです。この支配者は、時に夢や幻聴として現れ、時には身体をも支配し、主導権を奪います。彼らは、トラウマを抱える人々に恐怖を与え、身体を凍りつかせて動けなくしたり、聴覚や思考を奪い去り、頭を真っ白にしてしまいます。
このように、トラウマの世界では、現実と幻想が交錯し、内なる支配者が心身を制御するため、苦しみは一層深刻になります。彼らの存在は、トラウマを抱える人にとって日常生活でも常に影響を与え、心身の自由を奪う恐ろしい力となっています。この支配者と対峙することは、トラウマからの解放への一歩であり、自己を取り戻すための重要な過程です。
長年にわたりトラウマの影響を受け続けることで、当事者は次第にストレスに対する感受性が鈍くなり、嫌悪する刺激に対しても不快感を感じなくなります。さらには、悲しんだり落ち込んだりすることさえ困難になります。その背後には、長期間にわたる強いストレスが心身に多大な負荷をかけ、生きること自体が難しくなるという危険が潜んでいます。
このような極限の状況では、心身がストレスから身を守るために、ストレスそのものを感じさせなくする防衛反応を取ることがあります。これは、生き延びるための自己防衛であり、ストレスを回避するために感情を麻痺させることで、心身の負担を軽減しようとする手段です。しかし、この防衛反応は、感情の幅を失い、生きる喜びや悲しみといった感覚をも奪い去ってしまいます。
これまでの人生に絶望している人ほど、悲しみや真実が伴う痛みに反発する力が働きます。この反発する力は、一時的に生活全般のストレスを和らげる効果がありますが、強くなりすぎると、正常に悲しむことができなくなり、自然治癒力や生命のリズムを失ってしまいます。
人間の生命を守るために本能的に反発が起こりますが、それが過剰になると、本当の悲しみや現実に直面させないように働き、結果として生命を回復させる力を奪う悪循環に陥ります。この防衛反応は一見守りのように見えて、実は心の癒しや成長を阻害し、生命力を蝕む悪魔的な存在となってしまうのです。
今の生活が苦痛に満ちると、気持ちの余裕がなくなり、未来を前向きに考えることが難しくなります。人と関係を築いたり、将来の計画を立てたりする代わりに、「今」を楽しむことが全てとなり、他者との関わりも刹那的なものに変わってしまいます。トラウマが慢性化すると、できるだけ負担を避けたいという思いが強まり、嫌なことが続くと「消えたい」「死にたい」という感情に支配され、もともとの自分とは異なる別の人格が生まれることがあります。
本来の私は、歪みのない良い子どもとして努力してきましたが、現実社会で内在する矛盾や歪みに気づくにつれ、それに耐えきれなくなり、やがて自分自身が変わっていく経験をするのです。この別人格は、現実に適応するために生まれた防衛的な存在であり、もともとの自分と深い葛藤を抱えながら生きていくことになります。このような人格の分裂は、トラウマの影響を反映し、心の中で別の自我が形成される過程を物語っています。
もともとの私は真面目で、人当たりも良い性格です。しかし、そんな私とは正反対の人格が現れてきます。その人格は、まるで魔女のように私を責め立て、「お前はまだ懲りていないのか?」「また他人を信じようとしているのか?お前が愛されると思っているなんて、馬鹿げている」と冷たい言葉を投げかけてきます。人間関係で失敗を繰り返すたびに、私自身は傷つき、自分が自分でなくなるような感覚に陥っていきます。
この内なる魔女の声に押し込められるように、私はどんどん心の中に閉じこもり、誰にも知られない場所に隠れて、ひっそりと休むしかなくなっていきます。魔女的な人格は、自分を守るための防衛機制でありながら、同時に自己を攻撃し、私をさらに孤立させます。この二つの人格が織り成す葛藤が、私の心を支配していくのです。
もともとの私とは正反対の人格が表に現れ、他者は自分を傷つける敵としか見えなくなりました。この新たな私は、常に自分を守ることだけを考え、他人を呪い、特別な力で相手に負の影響を与えることすらできます。他者を遠ざけ、暗闇の中で自己を閉ざし続け、誰にも心を許さない冷酷な存在となっていきます。
痛みや寒さを感じることはなく、心は血の通わないような冷たさに包まれています。外見の穏やかな表情とは裏腹に、内側では怒りや憎悪が渦巻いています。その感情を他者にぶつけ、怒りに任せて彼らを自分の暗い世界へと引きずり込みます。負の感情が支配するこの内側の世界では、私は他者を傷つけ、同時に自分も孤立を深めていくのです。この冷酷な仮面の裏で、私は自分を守りつつも、さらに孤独と痛みの中で生き続けています。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平