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複雑性PTSD、セルフネグレクト、うつがもたらす悪循環


複雑性PTSDを抱えた人は、長期間にわたって脅威にさらされ続け、常に恐怖に怯える生活を送ってきました。この恐怖がもたらす影響は、単に心の問題にとどまらず、脳や身体にまで生物学的な変化を引き起こします。その結果、精神的な苦痛だけでなく、肉体的な疾患や症状が現れるようになり、現在ではトラウマが全身に影響を与える疾患であると認識されています。

 

特に複雑性PTSDを抱えた人が重度のうつに陥ると、その影響は計り知れません。感情を表現する力を失い、体は疲れ果て、日常生活が困難になるばかりか、生きる力すら奪われてしまうことがあります。この文章では、複雑性PTSDと重症化したうつが引き起こす心身の苦痛と、その悲惨な末路について詳しく解説しています。

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①親の支配に縛られた子どもが失うもの

身体がもともと弱く、育った環境に問題がある子どもたちの多くは、親の支配が強い家庭で育てられてきました。こうした家庭では、親の顔色を常にうかがいながら過ごし、子どもは怒られることを恐れ、親を喜ばせることだけを考えるようになります。親の言うことを優先し、従順に従うことで、子どもは次第に自分の感覚や気持ちを抑え込んでしまいます。

 

その結果、子どもは自分のやりたいことや夢、モチベーションを失い、まるで自分自身が消えてしまうような感覚に襲われます。自分らしさを見失い、他者に依存することでしか生きられない状態に陥り、心身ともに深刻なダメージを受けることも少なくありません。

②複雑PTSDが引き起こす過敏な反応

複雑PTSDを抱える人は、現実世界の生々しい刺激に対して非常に敏感であり、環境の変化に対する適応が困難です。特に警戒心が強く、常に周囲を注意深く観察しています。良い刺激は、自分を守るバリアとして機能しますが、悪い刺激が入ると心臓が激しく脈打ち、筋肉が硬直し、息が詰まるような感覚に襲われます。不安や焦り、驚愕反応、凍りつき反応といった強烈な心身の反応が引き起こされ、苦痛と恐怖に包まれてしまうのです。

 

さらに、不快な状況から抜け出せない場合、落ち着かなくなり、イライラが募り、居ても立っても居られない感覚に支配されます。投げやりな態度や無気力に陥り、自分の感情をコントロールすることが難しくなることもあります。このような過剰な反応は、日常生活に深刻な影響を及ぼし、心身の負担を一層増大させます。

③トラウマがもたらす過覚醒と凍りつき反応

トラウマを抱え、生きるか死ぬかのモードで生活している人は、常に外の世界に過剰な警戒を向け、注意深くなる傾向があります。人の気配や物音、匂いなど、自分を脅かす可能性があるあらゆる刺激に敏感になり、全方位に意識が向いてしまいます。そのため、情報量の多い都市生活は特に負担が大きく、過剰な刺激が神経を圧迫します。

 

例えば、聴覚過敏が強い人は、隣人の生活音やノイズに耐えられず、ご近所との関係が悪化することがあります。音に過敏なため、周囲がすべて敵のように感じ、常に緊張状態が続くのです。このような不快な状況に置かれ、問題を解決できないと、交感神経がスイッチを入れたままになり、焦りやイライラ、落ち着かない状態が長引きます。

 

さらに、背側迷走神経も過剰に働き、交感神経と拮抗し続けると、神経は張り詰め、身体は凍りつき、原因不明の身体症状や精神疾患にまで発展することがあります。こうした心身の緊張は、生活全般に深刻な影響を及ぼし、日常生活が耐え難いものとなってしまうのです。

④複雑PTSDが引き起こす自律神経の乱れ

複雑PTSDを抱える人は、環境や人間関係の影響を強く受け、自律神経や覚醒度に大きな問題が現れることがあります。脅威となる対象がそばにいると、過剰に覚醒し、肩こりや頭痛、腹痛、喘息、発熱など、さまざまな身体的不調が引き起こされます。逆に、覚醒度が著しく低下することもあり、心身のバランスを保つことが難しくなります。

 

長期間にわたって脅かされ続けると、原因不明の身体疾患に罹るリスクが高まり、慢性疼痛や線維筋痛症、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群、顎関節症などを患いやすくなります。例えば、慢性的なトラウマが原因で交感神経が常に活性化していると、体は防衛的な姿勢をとり続け、神経系が過剰に稼働し、痛みや不調が引き起こされます。

 

また、エネルギーが尽きて交感神経が働かなくなると、体はシャットダウン状態になり、慢性的な疲労感に襲われることもあります。さらに、こうした状態が続くと、心疾患、肺疾患、糖尿病、頭痛、多発性硬化症、がん、脳卒中といった深刻な病気に罹るリスクも高まります。

⑤ 引きこもり生活がもたらす悪循環

複雑性PTSDを抱える人は、特に脅威がない場面でも、身体が過覚醒になって落ち着かなくなったり、凍りついたり、崩れ落ちたりすることがあります。常に次の脅威に備えなければならないと感じ、過剰に警戒するため、外に出ること自体が大きな負担となります。外出するたびに極度の疲労を感じ、家に帰るとエネルギーが尽きてしまい、動けなくなることが頻繁に起こります。

 

このような状況が続くと、体調はますます悪化し、外出ができなくなり、家に引きこもる生活へと移行します。家の中で親に依存し、安心を求めるようになります。さらに、外部との接触がほとんどなくなり、誰とも話さない日々が続くと、何もせずに過ごす生活を望むようになります。

 

しかし、何もしない生活を続けていると、周囲の人々に置いていかれる感覚に苛まれ、将来への不安や現状に対する絶望感が募ります。その結果、できない自分を責めるか、他者に責任を押し付けるようになり、心身ともに悪循環に陥ってしまいます。

⑥心と体の分離がもたらす解離と自己喪失

体も心も限界を迎え、逃れられない苦痛が増すと、痛みは次第に切り離され、感覚が麻痺していきます。自分の感覚や気持ちがわからなくなり、次第に自分の体を所有している感覚が消え、この世界との接点が途絶えてしまいます。心(頭)と体の分離が進むことで、解離傾向が高まり、感情が鈍くなり、思考が混乱し、時間感覚も歪んでいきます。これらの影響により、自己感覚が徐々に失われ、自分が誰であるのかさえわからなくなるのです。

 

その結果、世界は無彩色となり、やりたいことや夢、モチベーションが消え失せ、自分自身の方向性が見えなくなってしまいます。こうして、自己が曖昧になり、自分が自分でなくなっていく感覚に苛まれるようになります。

⑦複雑性PTSDがもたらす体調の波と日常生活の崩壊

複雑性PTSDを抱えていても、好奇心に突き動かされて一日中生産的な活動に熱中しているときは、体も心も軽く、驚くほど元気になります。しかし、一転して不快な状況に直面し、問題解決ができずに八方塞がりになると、精神的に参ってしまい、体調も急激に悪化します。

 

このような状態が続くと、日常的なケアすらおっくうになり、顔を洗う、歯を磨くといった基本的なことさえできなくなります。気づけば、一週間お風呂にも入らず、着替えもせず、寝たきりのような生活に陥ってしまうこともあります。トラウマは、時間が経てば自然に良くなるものではありません。むしろ、日々体力を奪い、筋力が衰え、さまざまな身体機能が低下していくのです。その結果、社会的にも孤立が深まっていきます。

⑧苦痛に押しつぶされる心と体:絶望がもたらす無気力

人生の苦痛が増すにつれ、生きている実感が薄れ、この世界に積極的に関わることができなくなり、ただ形式的に日々を過ごすようになります。心も体も不調を抱え、胃や背中に痛みを感じ、夜は不眠に苦しみます。不安やうつ、慢性疼痛、そして慢性疲労が進行し、年齢を重ねるごとに体は動かなくなり、だるさと重さに襲われ、身動きが取れなくなっていきます。

 

生きること自体が苦痛となり、消えてしまいたい気持ちに苛まれ、人生への絶望感が深まります。食事をする気力も失い、何を食べても何も感じなくなり、毎日が息苦しく、どんよりとした感覚に包まれます。料理を作ることさえしんどくなり、次第に食事を取らなくなります。身だしなみにも無関心となり、着替えや入浴を避け、歯磨きすらしなくなり、虫歯ができても歯医者に行く気力が湧きません。

 

外出はおろか、ベッドから起き上がることさえも難しくなり、布団の中で寝たきりの生活が続きます。最悪の状態では、トイレに行くことも困難になり、その場で用を足してしまうことも。家族がいる場合、迷惑をかけている自分を責め、死にたいと無気力に泣き叫ぶことさえあるかもしれません。

⑨複雑なトラウマがもたらすセルフネグレクトの悪循環とその打開策

まとめると、子どもの頃から複雑なトラウマを抱えていると、次第に引きこもりがちになり、生活環境や栄養状態が著しく悪化していきます。体調も徐々に悪化し、手足の筋肉は衰えて崩壊し、血の気が引いたような感覚に襲われ、自分の体を動かすことさえ大変になります。まるで首から下の胴体が紐で吊るされているように、だらんとぶら下がっている感覚があり、喉は締めつけられ、息苦しさが伴います。こうした身体的苦痛とともに、重度のうつ状態に陥り、生きる気力を完全に失ってしまいます。

 

何をするにも面倒に感じ、日常的なケアや自己管理を放棄してしまい、自己をセルフネグレクトする状態に陥ります。体も心も衰弱し、抜け出せない悪循環が続く中で、ますます自分を見失い、孤立が深まっていくのです。

 

セルフネグレクト状態に陥らないためには、若いうちからトラウマケアの身体的アプローチを取り入れることが非常に有効です。重度のうつやセルフネグレクトに陥っている人は、現実世界の刺激に脅かされ続け、緊張性不動(警戒や疼痛)や虚脱性不動(うつ、疲労、罪悪感、希死念慮)の状態にあります。この不動状態から抜け出すためには、まず住環境を整え、身体を徐々に可動化し、軽やかで快適な動的状態へと導くことが重要です。

 

特に複雑性PTSDを抱える人ほど、身体が自分の「敵」となり、感覚や反応を恐れてしまいがちです。しかし、身体が持つ本来のポテンシャルを引き出すためには、まずその反応や変化に目を向け、丁寧にケアしていくことが不可欠です。こうした身体的アプローチを通じて、心身のバランスを回復し、セルフネグレクトを防ぐ道が開かれていきます。

トラウマケア専門こころのえ相談室

公開:2021-1-23

論考 井上陽平