インナーチャイルドとは、心と身体の深層に存在する「内なる子ども」を指し、個人の中心にある純粋で穏やかな「本当の自分」を象徴しています。この無垢な存在は、誰にも侵されることのない純粋さを持っていますが、トラウマを抱えたインナーチャイルドは深く傷ついており、怒りや悲しみを内に秘めていることが多いのです。時には、自分の意思に反する行動をとってしまったり、恐怖に怯えながら泣き続けるなど、心の痛みを感じています。
インナーチャイルドの状態は、その人がどのように育てられてきたかによって大きく影響されます。愛され、褒められて育った子どもには、心の中に保護的で優しい守護者が存在し、この守護者が子どもの成長を支えていきます。一方で、厳しい罰や批判を受け続けた子どもは、内面に厳しい批判者が根を下ろし、自己否定感を強める原因となります。この批判者は、子どもがどんなに頑張っても認められないという感覚を強め、心に深い傷を残すことがあります。
インナーチャイルドは個人の内的システムに複雑に組み込まれており、過去の経験がどのように現在の自己に影響を与えているかを物語っています。愛されて育った子どもは、安心感や自己肯定感が強くなる傾向にありますが、傷ついたインナーチャイルドは恐怖や不安を抱え続け、外部の刺激に敏感に反応することが多いのです。このように、インナーチャイルドの存在はその人の心の奥深くに根差し、人生のさまざまな局面で影響を及ぼします。
褒められて育った「良い子ども」(インナーチャイルド)は、周囲の人々にとって大切に守られてきた存在です。このインナーチャイルドは、心の奥深く、胸やお腹の中心に根付いており、外界の刺激を非常に敏感に感じ取ります。彼らは、周囲の愛情や保護を受けることで心の安定を保ってきましたが、その反面、現実の世界にさらされると、外部からのストレスやプレッシャーに非常に弱い一面を持っています。
特に、日常の人間関係や社会的なストレスが加わると、このインナーチャイルドはすぐに反応してしまいます。体が固まり、心臓が締めつけられるように痛んだり、強い疲労感や眠気に襲われ、現実感を失う解離状態に陥ることがあります。これは、現実世界の負担を軽減しようとする無意識の防衛反応です。
もともと、この「良い子ども」は暗闇や輪郭のはっきりしない閉ざされた世界に長く閉じ込められていました。その世界では、現実からの刺激はほとんどなく、安全ではあるものの、孤立した空間で過ごしていたのです。そうした背景から、明るい現実世界に戻ってくると、彼はその変化に対して非常に強い反応を示します。解放感と喜びに満ち、無邪気に嬉しさを表現し、純粋で輝く目を輝かせながらワクワクとした気持ちでいっぱいになります。
この無垢で純真な性格は、多くの人に愛される存在でありながらも、現実世界に対してはとても繊細であり、些細なことでも心と身体に強い影響を受けやすいという側面を持っています。そのため、適切なケアや支えがないと、再び内側に閉じこもりがちになり、外界の刺激を避けようとすることがあります。
解離症状が深刻な人々の心の奥には、深く閉じこもったインナーチャイルドが存在します。このインナーチャイルドは、膝を抱え、顔を伏せたまま、凍りついたように動けなくなっており、無表情で無感情、何ひとつ言葉を発することもありません。外界のどんな出来事も彼には届かず、ただじっとしているだけで、まるで現実世界と切り離されたかのように、心を閉ざしたまま深い眠りに落ちているのかもしれません。
このインナーチャイルドにとって、現実の世界は耐え難いものであり、目覚めることすら避けたいほどの苦痛を伴います。彼はその痛みに耐えかねて、もう目覚めることなく静かに消えてしまいたいという思いを抱えているかもしれません。特に夜が更けると、彼にトラウマを与えた加害者の足音が遠くから聞こえてくるように感じ、恐怖で震えながら「助けて」と叫びます。しかし、その叫び声は誰にも届くことはなく、再び心は凍りつき、まるで氷の地獄に閉じ込められたように孤独の中に取り残されてしまうのです。
このように深い苦しみと孤立の中で、インナーチャイルドは助けを求めながらも、その声は届かず、外の世界とのつながりが完全に断たれた状態に陥っているのです。
インナーチャイルドが生まれる背景には、幼少期のトラウマや危機的状況に直面した子どもが、厳しい環境に適応しようとした結果があります。これらの子どもたちは、恐怖や痛みを感じると目の前の問題に立ち向かえないため、次第に感情を麻痺させ、自分自身を無感覚に変えていきます。しかし、甘えることしかできない脆弱な部分は残り続け、日常の困難にさらされるたびに息が詰まり、胸が痛み、恐怖の対象が次第に増えていきます。
こうして恐怖に押しつぶされそうになる子どもは、現実の世界をますます怖く感じ、安全な場所を求めて隠れようとします。その隠れ場所は、何も見えず何も聞こえない真っ暗な部屋や、自分を守るために心を閉ざすような空間です。あるいは、恐怖に圧倒されるあまり、自分の身体から意識が抜け出し、宙に浮いているような解離状態に陥ることもあります。また、どうすればよいか分からず、頭の中でさまざまな考えを巡らせ、次第に現実から遠ざかり、内面的な世界で生きるようになります。
このような過程を経て、子どもの中には二つの自己が形成されます。ひとつは現実に適応し、成長していく大人の部分で、もうひとつは恐怖や不安に押しつぶされて退行したままの未熟な子ども部分です。これらは異なる成長の道を歩み、それぞれが別々の存在として発展していきます。こうして、心の奥底に「インナーチャイルド」という内面的な存在が作られていくのです。
精神分析家シャーンドル・フェレンツィは、内なる子どもについて次のように述べています。「インナーチャイルドとは、無意識の中に純粋に苦悩している存在であり、普段の意識がそれについて何も知らない元の子どもである。この断片は、極度に疲労した状態、神経症的な爆発後の深い眠りやトランス状態でしか触れることができない。分析家は特別な努力と規範に従って、抑圧された感情に接触しなければならない。インナーチャイルドは、気を失った子どものように振る舞い、自分についての認識を持たず、うめき声を上げることしかできない。そのため、分析家が心からその出来事を信じ、共感的な感情を持って接することで初めて、この存在に向き合い、語りかけることができるのだ。」
インナーチャイルドの苦悩に寄り添うためには、その存在を丁寧に揺り起こし、かつてのショックやトラウマに触れていく過程が不可欠です。このプロセスによって、少しずつ自己との対話が生まれ、癒しへの道が開かれていきます。
子どもの頃にトラウマを経験した人は、その恐怖によって身体の感覚が次第に麻痺し、何も感じられなくなることがあります。これにより、自分自身が自分であることが難しくなり、内面的な混乱が生じます。トラウマを解放し、自己を取り戻すためには、「インナーチャイルド(内なる子ども)」と出会うことが重要です。
インナーチャイルドにアクセスするための方法としては、セラピストの指導のもと、身体の特定の部位に意識を集中させることがあります。例えば、みぞおちのあたりに感じるソワソワした感覚や、お腹のムカムカ、胸のザワザワ、肩や喉、顎の緊張などに注意を向けることで、当時の状況や感覚、そして感情を呼び覚ますことができます。子どもの頃に感じた苦しい感覚に再び触れることで、身体の固まった部分に意識を向け、その原因を探ることができるのです。
このプロセスでは、身体が固まり、気管支が圧迫されて息が止まりそうになることもあります。そのような時、恐怖や痛みから守るために、インナーチャイルドが現れることがあります。インナーチャイルドは、深い痛みが生じたときに姿を現し、その痛みを癒す力を持っています。
人格交代しない場合でも、体が固まるような場面で目を閉じ、自分の身体内部の感覚に意識を集中させると、冷たく凍りついた感覚が温かくピリピリとした波に変わることがあります。この変化により、自然治癒のエネルギーが身体に入り込み、全身がリラックスし、最高の状態を感じられる瞬間が訪れます。このようなセッションを繰り返すことで、本来の自分の感覚が徐々に戻り、心身のバランスが整っていくのです。
しかし、解離症状が重い人がインナーチャイルドを解放する際には注意が必要です。インナーチャイルドが持つ記憶や身体の痛みが蘇ることで、現在の生活に混乱をもたらすことがあります。もしその痛みに耐えられない場合、体調が悪化し、身体に異常が生じる可能性があります。さらに、インナーチャイルドが解放された結果、自分が自分でなくなり、まるで子どもに戻ってしまうような感覚を経験することがあります。
特に、夜に部屋で一人になったとき、思考力の低下によって、幼い頃の自分が現れることがあります。これまで甘えられなかった子どもの部分が表に出ると、本来の自分の意志に反して、普段は考えられないような恥ずかしい行動を取ったり、親しげに話しすぎたり、過去の傷を無防備に語ってしまうことがあります。このような行動は、後で大人の自分にとって嫌な思い出になることもあるでしょう。
インナーチャイルドの解放は、癒しのプロセスとして非常に重要ですが、その過程では十分な注意とサポートが必要です。大人の自分がしっかりとインナーチャイルドを受け止め、コントロールしながら進めることで、最終的にはより健全で安定した自分を取り戻すことができます。
参考文献
シャーンドル・フェレンツィ:『臨床日記』(訳 森茂起)みすず書房
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平