第1節.
自己愛性パーソナリティ障害を持つ人々は、幼少期から不条理なトラウマの中で育ちました。彼らの内面には、純粋で繊細すぎる本当の自分が存在しますが、それは臆病でみじめな立場に追い込まれ、鬱屈した状態にあります。その結果、仲の良い家族や恵まれた環境で育った人々に対して、強い嫉妬や恨みを抱くことがよくあります。特に、親や兄弟、クラスメイトとの関係において、自分が脅かされていると感じる経験をしてきたことが、その原因となっています。
このような背景から、彼らは不平や不満、恨みを晴らしたいという強い欲求を抱くようになります。また、恐怖や怯え、恥ずかしさを克服するために、力強い何かに溺れたいという衝動を抱き、力やスリルを求めることが多くなります。これらの特性が、彼らの行動パターンや人間関係に大きな影響を与えています。
病的な自己愛が形成される過程は、トラウマティックな変性意識状態(過覚醒)の中で進行します。自己愛性パーソナリティ障害を持つ人々は、心身に「筋肉の鎧」や「ヴェール」を纏うようになり、力強く誇大的な自己と同一化し、理想化された対象を追い求めます。その過程で、自分を強く見せようとするあまり、不都合な感覚や感情を切り離し、目的達成に集中する部分と、みじめで無力な自己との間で分裂が生じます。この分裂が、偽りの自己を形成する原因となります。
こうした神経学的かつ心理学的な分裂は、自己愛性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、さらにはさまざまな精神疾患や心身症の基盤を形成します。誇大的な自己と同一化した部分は、自身の弱さや劣等感を恥じ、理想やスリルを追求し続けます。彼らは、ただひたすら強くなろうと努力し、その過程で交感神経の働きを活発化させ、攻撃性が拡大します。一般的には、女性はその攻撃性を内向させ、男性は外向させる傾向があるとされています。
トラウマを抱えている子どもが長期間にわたり脅かされる状況に置かれると、身体の中に不快な感覚が蓄積され、焦燥感や苛立ちを感じやすくなります。また、その場に留まることに強い危険を感じるため、じっとしていられず、自然な流れに逆らおうとする力が強くなっていきます。
身体の中でトラウマが影響を及ぼすことで、交感神経が過剰に働き、理性的な判断が難しくなります。普段から警戒心が過剰で、周囲の気配に敏感になりがちです。その結果、頭の中は嫌悪感や好奇心に満ちた刺激に引き寄せられやすくなります。こうした子どもは、自分を委縮させるような刺激を避け、好奇心に駆られて行動することが多くなります。しかし、その一方で、獣のような本能の暗い面が強まり、自分の思い通りに周囲を動かそうとする傲慢な生き方に陥りやすくなります。
リーダーシップを発揮して皆の輪の中心にいるとき、自分自身の存在を強く感じ、自然な呼吸ができるように感じます。しかし、自分が劣位に置かれ、物事が思い通りに進まないとき、過去のトラウマが蘇り、無力感に苛まれて息苦しくなります。こうした状況に置かれると、気分の変化や心身の不調が顕著になり、自己防衛のために自分を過大に見せ、他者と比較して勝ち負けにこだわるようになります。人の目が気になり、他者からの評価を求めて、学校や社会の中でポジションを取り続け、上昇志向と損得勘定が強くなります。
しかし、本能のままに行動すると、周囲と衝突し、社会で不利な立場に立たされることが多いため、常に状況を見極めながら、悪い方向に進まないように最適な方法を模索しています。自分の生存が脅かされないよう、最適化された行動を取り、論理的な思考を展開することで、危機を回避しようとします。また、自分が正しいと信じることで自信を保ち、自己暗示によって自分は特別な存在だと信じ込んでいます。
さらに、自分が常識や善悪の判定者であるかのように振る舞い、優れた人物として印象を操作しようとします。自分の欠点に気づかないようにするために、他者の欠点を暴き、賞賛を得るために他者を利用することもあります。こうした行動は、自己防衛の一環として行われますが、周囲との関係に悪影響を与えやすく、長期的には自身にとっても不利益となることが少なくありません。
一方で、無能的自己は、日常生活の困難に直面すると、逃避的な態度を取りがちです。周囲の目を避けたり、人前で背を見せることに強い恐怖を感じたり、自分には何もできないという諦めが深く根付いています。たとえ物質的に満たされた環境にいても、自己の存在感は希薄で、誰かに認められなければ、自分には価値がないと感じてしまいます。
また、他者からの批判をうまく処理できないため、自己愛憤怒や凍りつき、パニック、虚脱など、破綻に対する恐怖が常に心の奥に潜んでいます。無能的自己は、自分がどれほどダメな人間かを痛感しており、日常生活の困難に直面するたびに、内側に閉じこもってしまうことが少なくありません。この自己防衛的な反応が、さらに自己評価を低下させ、より深い孤立感や無力感に繋がっていきます。
誇大的自己と無能的自己の間に強い解離がある人は、家庭や学校社会で不条理な経験を積み重ね、現実を拒絶することがあります。その結果、過覚醒による興奮や激しい攻撃性に駆られ、自己中心的な支配衝動を持つようになり、一部の人々は反抗挑戦性障害や反社会性パーソナリティ障害を発症することもあります。しかし、多くの子どもたちは、この過覚醒の衝動を自分の中の異質なものとして抑え込み、日常生活に適応しようと努めます。周囲の評価を気にしながら、自分の劣等感を隠し、みんなに賞賛されるために努力を重ねます。また、他者から批判されることを恐れ、先手を打って完璧で安心できる環境を作り出すようになります。
一方で、恥ずかしめられた経験からくる怒りのエネルギーは、自分より弱い相手に向けられ、尊大で傲慢な態度を取ることがあります。批判的で自己没頭、不寛容、自己中心的思考、操作的といった態度が現れ、サディスティックな側面と理性が親和的になると、モラルハラスメントを行う自己愛性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害へと進行する可能性があります。
第2節.
境界性パーソナリティ障害は、特に家庭や学校、社会の中で立場が弱く、身体が凍りつくような体験やネガティブな思考に陥りがちな女性に多く見られます。彼らは、トラウマの影響で感情の調整機能や自己調整機能が阻害され、感情的な崩壊を引き起こすことに悩んでいます。そのため、自分を優しく守ってくれる存在に依存し、しがみつくことで安全を確保し、自分の一貫性を保とうとします。しかし、脅威を感じると、思考がフリーズし、身体が勝手に動いてしまい、感情をコントロールできなくなることがあります。
一方、自己愛性パーソナリティ障害は、家庭や学校、社会の中で強い立場にあり、ポジティブな幻想を抱く男性に多く見られます。彼らは、自分には実現できないことなど何もないといった尊大で全能感を持つ誇大的自己と、自分には何もできないと感じる臆病で無力な自己という両極端な側面を持ち、これらを状況や相手によって振り子のように行き来することが特徴です。自己愛性パーソナリティ障害を持つ人は、自分独自の価値観を持ち、他者にもその価値観を共有し、自分の思い通りに動いてほしいと強く望みます。そのため、他者を支配し、環境をコントロールすることで、自分を脅かすものを遠ざけ、トラウマの再演を防ぎ、自己の安全性や一貫性を保とうとします。脅威を感じると、筋肉が硬直し、闘争状態に陥ることが多いです。
自己愛性パーソナリティ障害と境界性パーソナリティ障害は、人格構造の水準は似ていますが、自己愛性パーソナリティ障害の方が構造的に安定している傾向があります。一方、回避性パーソナリティ障害を持つ人は、逃げられなくなる状況を恐れ、興味のあることに挑戦しようとしても、先読みしすぎて不安になり、何も選択できずに行動が制限されてしまうことが多いです。
これらのパーソナリティ障害に共通するのは、それぞれが異なる形で、自己の安全性や一貫性を保つための手段を持っているということです。しかし、それらの手段が周囲との関係を歪め、自己と他者にとって不健全な結果をもたらすことが多いです。適切な支援と理解を通じて、これらの障害を持つ人々がより健全な方法で自己を保ち、成長していけるようにすることが重要です。
第3節.
自己愛性パーソナリティ障害は、大きく分けて「自己愛無関心型」と「自己愛過敏型」の2タイプがあると言われています。自己愛無関心型は、力や成功を追求するために、誇大的な自己と同一化した部分が日常生活の大半を支配しており、臆病で無力な自己はどこかに隠れています。一方、自己愛過敏型は、周囲の評価を気にしながらも、内気で恥ずかしがり屋の一面を見せることが多いです。しかし、内心では自分が優れていると信じており、時折、傲慢な誇大的自己が表に出てきます。
従来、自己愛性パーソナリティ障害としてよく知られているのは、自己愛無関心型です。自己愛無関心型の人は、目的達成のために常に努力していますが、無意識下では、逃げ場のない状況に追い込まれ、心身がガチガチに凍りついたり、虚脱状態に陥ったりしないように、常に神経が張り詰めています。彼らは、自分の正義感を掲げ、周囲を思い通りに動かそうとし、傲慢な態度を取りながら、居心地の良さを求める傾向があります。
一方、自己愛過敏型は、既にトラウマティックな状態に置かれており、気が弱く、パニックに陥りやすい特徴を持っています。過度の緊張や凍りつきの状態にあり、警戒心が非常に高く、頭の中で絶えず熟考しています。彼らは恥の感情に強く特徴づけられ、周囲の人々の反応に敏感です。他者からの批判や欠点を指摘されることに傷つきやすく、容易に侮辱されたと感じます。そのため、批判を恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自分の中で万能感に満ちた世界を築き上げ、自己を保つことに努めます。
最近の研究では、自己愛無関心型(他者の目を気にせず、環境に順応せず、自然な流れを拒む)と自己愛過敏型(他者の目を気にし、環境に順応し、自然な流れに従う)の間を行き来するタイプの人が多いことが明らかになっています。これらのタイプを理解することは、自己愛性パーソナリティ障害をより深く理解し、適切な対処法を見つける上で非常に重要です。
自己愛性パーソナリティ障害を持つ人々は、しばしば母親(または養育者)との間で基本的な信頼感を築くことに失敗しています。そのため、恥をかくことへの強い恐れや、罪悪感、劣等感、孤独感を抱えています。また、自分が愛されなかった原因を、自身が生まれつき劣っていて無能だからだと考え、理想化された幻想的な母子一体感を求め続けます。
彼らは他者の反応に非常に敏感で、内気で弱々しく、被害者を装うこともありますが、同時に子ども時代の不幸を回避するために、理想化された対象を巡るポジション争いでは尊大な態度を取ります。良いポジションを取るために、先手を打ってその場で最適な行動を取るのが特徴です。
しかし、自分が不利な立場に置かれると、敵を作り、そのターゲットに対してじわじわと憎悪の感情を向けます。嫌がらせをしたり、こき下ろしたりしますが、自分がしていることに無自覚なことが多いです。彼らは隠れた自己中心的な傾向が強く、周りの人をコントロールしようとし、非常に攻撃的な面を持っています。このような行動パターンは、自己防衛の一環として行われますが、結果的に周囲との関係を悪化させ、自らを孤立させることに繋がりやすいのです。
自己愛性パーソナリティ障害を持つ人がパートナーに対して、極端に悪い側面が現れると、尊大で傲慢な態度を取ることがあります。その結果、パートナーはドメスティックバイオレンス(DV)やモラルハラスメント(モラハラ)といった深刻な被害を受ける可能性があります。
一般的に、自己愛性パーソナリティ障害の夫は、自身の誇大な自己像を維持するために、仕事において外面を良く保とうと努めますが、やがて仕事と家庭の両立に疲弊し、エネルギー切れに陥ります。職場でのストレスや生活の疲れが重なると、些細なことにも苛立ち、焦燥感や鬱屈した感情を家庭内で発散するようになります。例えば、夫が「自分はこれだけ頑張っているのに、お前は何をしているんだ」と妻に対して腹を立てるようになり、人格否定を繰り返し、時には何時間も説教を続けることがあります。
自己愛性パーソナリティ障害の夫は、理想化された幻想的な母子一体感を求めており、そのために自分との価値観の一致を強く望みます。これにより、妻を自分の思い通りにコントロールしようとし、妻は次第に精神的に追い詰められていきます。
一方で、母親が自己愛性パーソナリティ障害を持つ場合、彼女は他者からどう思われているかに非常に関心があり、恐ろしく自己中心的です。子どもを自分の優越感を得るための道具やアクセサリーとして扱い、子ども自身の個性や感情を無視することが多いです。このような家庭環境では、子どももまた深刻な影響を受け、長期的に心に傷を負うことが少なくありません。
第4節.
(1)自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
(2)限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
(3)自分が ”特別” であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけ理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。
(4)過剰な賛美を求める。
(5)特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)。
(6)対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。
(7)共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
(8)しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
(9)尊大で傲慢な行動、または態度。
(以上のうち五つ、またはそれ以上によって示される)
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平