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見えない傷を癒す:トラウマと身体の関係を探る


トラウマとは、過去の経験が身体のどこかに凍りついたまま、深く刻まれている得体の知れない存在です。トラウマは、心が壊れ、その傷がその人の人格や生活に大きな影響を与えている状態とも言えます。一見すると、トラウマは捉えどころがなく、身体のどこに潜んでいるのか分からない不可視のもののように思われがちです。しかし実際には、トラウマは身体の中に確かに潜んでおり、その存在は身体の様々な反応として具体化され、可視化することができます。

 

例えば、身体の疼き、眼球の動き、顎の緊張、肩の上がり方、心臓の鼓動の異常、胸の痛み、胃の不快感、激しい攻撃性、感覚の麻痺といった形で現れます。これらの身体的な症状や反応が、トラウマという見えない存在を具体的に示しているのです。理解しづらいトラウマも、身体を通してその痕跡を読み取ることで、少しずつその本質に迫り、適切に対処することが可能になります。

 

トラウマ治療では、まず身体と心の状態を細かく観察し、具体的に取り組むべき問題を明確にすることから始まります。例えば、胸のザワザワした感覚、喉の苦しさ、みぞおちの塊、肩の硬直、顎の緊張、片頭痛、手足に力が入らない状態、気持ち悪さなど、一つ一つの症状に焦点を当てながら、それらを和らげるための具体的な方法を考えます。

 

トラウマは、単に心が抱える漠然とした問題や傷として捉えるのではなく、身体に直接働きかけることで、具体的に取り除くことができる現実的なものとして浮かび上がってきます。このアプローチにより、トラウマは単なる心理的な問題ではなく、身体を通じて直接解決できるものとして扱われます。

 

また、精神疾患も同様に、身体や脳に原因があることが多いため、それらの異常を改善することで、世界の見え方や心の感じ方が大きく変わる可能性があります。身体と心の密接なつながりを理解し、その両方にアプローチすることで、より効果的なトラウマ治療が可能となり、クライエントは新たな視点と感覚で世界を受け入れられるようになります。

 

人間の体は、常に緊張とリラックスの間を行き来しながら生きており、身体は縮まったり広がったりを繰り返しています。しかし、トラウマを受けた人は、恐怖や戦慄によって身体が硬直し、凍りついたり崩れ落ちたりする体験をしています。未解決のトラウマを抱えたままでは、身体は恐怖に怯え続け、脳が絶えず危険信号を送り、過剰な警戒と緊張が慢性的に続くことで、体は常に縮まった状態で生きていくことになります。

 

トラウマ治療においては、ソマティックエクスペリエンスの最新のトラウマケア技術を開発したピーター・ラヴィーンの「ペンデュレーション」(収縮と拡張)と不動状態の原理を活用することで、身体に滞っていた莫大なエネルギーを解放することが可能です。このアプローチにより、身体は徐々に凍りつきから解放され、縮んだ状態から再び広がり、自然なリズムを取り戻していくことができます。これにより、クライエントは身体と心のバランスを回復し、より健やかで自由な状態で日常生活を送ることができるようになります。

 

トラウマを負った人は、ヴィパッサナー瞑想のように自分の身体を分割して観察し、各部位に意識を向けていきます。身体の中で硬直している部分や脱力している部分を丁寧に見つめ、硬直した部位については、徐々に緊張を強めるイメージを持ってもらい、ある程度まで固めた後にリズミカルに動かします。一方、脱力している部位に対しては、その筋肉を動かし、機能が回復するまで時間をかけて意識を向けていきます。

 

身体をこのように観察していくと、ある段階で最悪の事態を思い起こすか、自然にトラウマの再現が始まることがあります。この時、恐怖によって息が止まり、必死に息を吸おうとする瞬間に身体が固まって動けなくなることがあるでしょう。その動けない状態にある身体の感覚に意識を集中させることで、体内に滞っていた莫大なエネルギーが解放され、全身が収縮から拡張へと向かいます。

 

この過程で、温かい波のような感覚が広がり、やがて自然に終息に向かうと、身体の中に安心感が戻ってきます。呼吸がしやすくなり、全身が軽やかに感じられ、この世界がはっきりと見えるようになるでしょう。このアプローチを通じて、トラウマから解放される感覚を得ることができ、心身のバランスが取り戻されていきます。

 

治療では、まずクライエントに自分をネガティブに追い込み、不快な身体感覚をあえて感じ続けることで、それが別の次元の感覚に変化していく体験をしてもらいます。この過程を通じて、身体が持つ自然な自己調整の力を引き出し、トラウマの影響を徐々に軽減していくことを目指します。

 

過覚醒の状態にある身体に対しては、リラックスできる方法を学び、緊張を緩和させていくことが重要です。一方、低覚醒の状態にある身体に対しては、意識的に身体に注意を向けることで、心身を活性化させ、健康のレベルを徐々に引き上げていきます。

 

最終的には、クライエントが自分の身体を自己調整できるようになり、心と身体の在り方が自然に変わっていくことで、トラウマの影響が小さくなっていきます。この治療プロセスを通じて、クライエントはより健全で安定した自分を取り戻し、トラウマに対する抵抗力を強化していくことができます。

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トラウマの痕跡を読み解く:身体が語る心の傷


自発的に恐怖に立ち向かい、息を深く吸い込もうとする瞬間や身体を縮めて防衛的なポーズを取ることで、かつての絶望的な不動状態に達すると、そこには神秘的な身体的変容が待っています。恐怖による不動状態を体験する過程で、身体は一時的に麻痺していきますが、意識を失う寸前で耐え続けると、内側から熱が生じ、全身が震え、身体が自然に動き出す感覚が現れます。

 

このとき、体内のエネルギーに触れ、それを感じることで、温かさが両太ももや両腕、さらには全身へと広がり始めます。胴体、顔、足、手が柔らかく丸みを帯びていき、体全体が心地よい温かさに包まれます。呼吸を意識することで、身体に空気が満ち、両手がゆっくりと膨らんでいきます。ふくらはぎや頬もふっくらとし、首や肩の緊張がほぐれてリラックスした状態が訪れます。

 

その瞬間、まるで温かいミルクを飲み、柔らかな真綿に包まれて安心して眠る赤ん坊のような気分になります。身体が雲の中に沈んでいくような感覚や、胎内の羊水に浮かんでいるような温かさが全身に広がります。生まれたばかりの赤ん坊が、環境と一体となり、手足をいっぱいに伸ばして温かさに包まれているように、目がすっきりとし、光がまぶしく感じられ、世界が新しく見えてくるでしょう。

 

この体験を通じて、身体が温かく、ふわふわと満たされた気分になり、これまでの痛みが消え、生まれ変わったような感覚を得ることができます。

凍りついた感覚を解き放つ震え体験


切迫した状況や選択肢に何度も直面し、その先に絶望が待っている場合、呼吸が浅くなり、息が吸えなくなって脳がシャットダウンすることがあります。人がこのような極限の状況に置かれると、呼吸は速く浅くなり、鼓動が激しく高鳴り、背中が丸まり、顔は下を向き、顎を引き、眉間に深い皺が刻まれ、拳に力が入ります。視界が狭くなり、頭の中が真っ白になり、全身が凍りついて動けなくなるのです。

 

しかし、この凍りついた状態から最適な方法で抜け出すことができると、足元から身体全体にかけて、まるでマグマが流れ込むような熱さが広がり始めます。身体の中心から外側に向かって熱い波が押し寄せ、全身のエネルギーが解放されるかのように、大粒の涙が溢れ出し、体をブルブルと震わせながら、光の霧が溢れ返る現実へと戻ってくることがあります。

 

このように、凍りついて閉ざされていた感覚や感情、そして喜びが心の中から一気に溢れ出す体験は、ルドルフ・オットーが「聖なるもの」と呼んだものに似ています。この五感すべてが震えるような神秘的な状態は、畏怖すべきものでありながら、同時に魅惑的でもあります。この体験は、個人にとって非常に深遠で、心と身体を新たに目覚めさせる瞬間となるでしょう。

 

※トラウマ治療において、身体的な変容や神秘的な体験を一度経験しただけで完全に治癒するわけではありません。数回のセッションを重ねることでエネルギーが覚醒し、トラウマによる凍りつきが徐々に解消される人もいますが、一般的には、何十回ものセッションを繰り返し行うことが必要です。最終的には、自分一人でもこれらの技法を実践できるようになり、自宅で自主的にトレーニングを続けていくことで、強靭な精神と肉体を時間をかけて築き上げていきます。

 

恐怖に向き合い、身体が固まることに慣れていくと、次第に以前ほど身体が固まらなくなります。自分の身体に生じる不快な感覚を恐れなくなることで、周囲の目を気にせず、自由に生きられるようになります。肉体が回復し、自分自身で強靭な肉体を作り上げる努力を振り返ることで、自分は何でもできる、自分は大丈夫だという自信が芽生えます。自己価値を感じ、自己肯定感が高まれば、ありのままの自分を受け入れ、肯定できるようになります。こうした感覚が定着すると、嫌なことを思い出したり、苦手な相手のことを気にすることもほとんどなくなり、不安や警戒、緊張にとらわれず、安心と自信に満ちたリラックスした日常を過ごせるようになります。

 

ただし、注意が必要なのは、長年にわたって身体が凍りつき、虚脱状態が続き、エネルギーが枯渇しているような場合です。このような状態では、身体が反応しづらく、治療が難しくなることがあります。また、複雑なトラウマを抱えている人ほど、常に身体が凍りついているため、治療中にその部分に焦点を当てると、麻痺が解けることで痛みや不快感が表面化します。この神経の痛みによって、解離や離人感、麻痺、集中力の低下といった悪循環に陥り、心と身体を再び繋げていくのに時間がかかり、非常に困難なプロセスとなります。それでも、このプロセスを通じて、クライエントは徐々に自己とのつながりを取り戻し、最終的にはより健全な心身の状態に近づくことができるでしょう。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室 

論考 井上陽平