解離症状には、適度な解離と病的な解離の二種類があります。適度な解離は、私たちの心身を守るための自然な防衛反応で、安全感が基盤にあります。この解離は、消化や排泄、睡眠、生殖機能の正常な働きを助け、リラックスや休息を促進します。幼少期に親子関係がこじれても、適度な解離がストレスや緊張から守り、不安や恐怖、痛みや怒りといった感情の葛藤が過剰に膨れ上がらないようにしてくれるのです。
また、適度な解離は、外の世界からの情報が頭の中に溢れないよう、フィルターの役割を果たします。これは、強い刺激を受けたときに感覚を自動的に遮断し、自分を守る仕組みです。現実世界のストレスや疲れを和らげ、私たちの日常生活の困難を軽減してくれるため、適度な解離は非常に重要な働きを持っています。
2.病的な解離の影響:心と体の分離とその危険性
病的な解離は、脳が危険や脅威を感知し、身体が長期間にわたり過緊張や凍りつきの状態にあるときに発生します。この状態が続くと、集中力や注意力が低下し、強い眠気に襲われることがあります。限界を超えると、心身がシャットダウンし、自分が自分でいる感覚が薄れ、生き生きとした世界が枯渇していきます。
病的な解離を抱える人は、外の世界に常に警戒心を抱き、危険が迫ると身体が自動的に防御態勢に入ります。肩や顎、腕は自分を守る準備をし、頭や顔、喉、胸、背中、胃、腸は締めつけられるような痛みを感じ、足音さえも忍ばせるようになります。恐怖や危険に直面した際には、身体が凍りついたり、死んだふりの状態に陥り、身体が動けなくなることもあります。さらに、意識がぼんやりとした状態から、気を失うことも起こります。
特に、自分の心を打ち砕くような体験をすると、虚脱状態に陥ることがあり、このとき心拍数が落ち、血の気が引き、気分が悪くなります。手足の筋肉は力を失い、背中が曲がり、頭の働きも鈍くなり、心と体が完全に分離したような感覚に襲われます。病的な解離は、心身に深刻な負担をかけ、正常な生活を送ることが難しくなる深刻な状態です。
人は長期間にわたり、自分を脅かす人物に合わせるしかない環境にいると、戦うことも逃げることもできず、身体に本来取るべき闘争や逃走反応が中断されたまま閉じ込められます。この未完了の防衛反応は、身体に深刻な影響を与えます。潜在的な脅威を感じるたびに、身体は凍りついたり、死んだふり(擬死)のような状態になり、膨大なエネルギーが滞り、交感神経と背側迷走神経(原始的神経)の支配下に置かれます。
この状態が続くと、常に高い警戒心を保ち、身体はガチガチに緊張し、結果として慢性的な疲労が蓄積していきます。ストレスに対抗するホルモンが枯渇し、身体の各部位に痛みや炎症が発生することもあります。頭や首、肩、背中、全身に痛みが広がり、線維筋痛症のような症状が現れるほか、エネルギーの枯渇により慢性疲労症候群が引き起こされます。また、胃腸の炎症により過敏性腸症候群、奥歯の噛み締めによって顎関節症を引き起こすリスクも高まります。
1.解離症状と原始的防衛反応
解離症状(離人症)を抱える人は、不安や恐怖が高まり、嫌な記憶が蘇ると、身体が硬直し、原始的な防衛システムである背側迷走神経系が作動します。このとき、喉や胸が詰まったような感覚に襲われ、肺やみぞおちに固いものがあるように感じ、身体が凍りついたり、シャットダウンが起こります。これは、身体が圧倒的なストレスに対して、自らを守るために起こす反応です。
この状態になると、呼吸がしづらくなったり、動悸が激しくなったり、身体に痛みが走るなど、さまざまな身体症状が現れます。具体的には、頭痛や腹痛、めまいや吐き気といった症状に加え、過覚醒や不動状態、麻痺、離人感、死んだふり(擬死状態)、さらには機能停止や自暴自棄、そして崩れ落ちるような感覚が生じることもあります。
2.痛みを無視し続けるリスク
身体の痛みや不快感が続くと、次第に身体が凍りついていきます。しかし、その痛みを意識しようとすると、強烈な眠気や集中力の欠如が襲い、最終的に「死んだふり」をするような状態に陥ります。日常生活では、ストレスや不快感、痛みを感じないように無意識に切り離し、怒りや恐怖、悲しみ、恥辱といった感情も遮断することで、平然と生活を続けることができるようになります。
しかし、その背後には、本当の苦しみや辛さが隠れています。長期にわたるストレスに気づけず、何も感じない状態でいると、体調管理ができなくなり、心身の不調に気づくタイミングを逃してしまうのです。身体が硬く凍りついたまま無理を続けると、全身が痛みだらけの状態になり、最悪の場合、身体は収縮して固まり、姿勢を変えるたびに激痛を感じるようになります。このような状態では、痛みのために眠ることができず、全身が冷たくなり、まるで生きる屍のように感じることさえあります。
3.人格交代と自己統制の喪失
解離症状を抱えている人でも、外界からの精神的ストレスが少ない環境では、心が静かに落ち着き、胸のざわつきもなく、日常生活を穏やかに過ごすことができます。しかし、人格交代を余儀なくされる状況に直面すると、恐怖に震えた心が凍りつき、完全に閉ざされ、自分自身を統制できないほどの混乱状態に陥ります。このような人格交代は、危険が迫った状況で発生し、身体を防衛的な人格に明け渡すことで自己を守ろうとする現象です。
解離性障害や解離性同一性障害では、外部の脅威に対抗するために、無意識のうちに意識を別の人格に切り替えることがあります。これは、自分を守るための防衛反応ですが、意識が朦朧とし、自分自身の状態をはっきりと認識できなくなるあいまいな自己状態を引き起こします。この過程で心が完全に凍りつき、外部からの刺激に対する反応が閉ざされ、当事者は自分を制御できなくなります。
4.人格交代の減少と統合への道
解離性同一性障害の治療を通じて、人格交代の現象が消える人もいれば、10年経っても依然として残る人もいます。一般的に、経済的な不安や暴力から解放され、生命の危機がなくなると、交代人格は次第に役割を終えて眠りにつき、自然に統合されることがあります。これは、安定した環境が心身に与える安心感が、人格交代の必要性を減少させるためです。
また、主人格が十分な生活スキルを持ち、日常生活でのストレッサーが少なくなることで、体の緊張が解け、人格を交代する必要がなくなります。無理をせず、心身がリラックスできる環境に変わることが、治療の成功につながります。
治療の進行は個々によって異なりますが、安定した環境と自己管理スキルの向上が、人格交代の減少に大きく寄与します。統合への道は時間がかかることもありますが、着実な前進が見られるケースが多いです。
幼少期から繰り返しトラウマを経験してきた人は、心が身体の苦しさや痛み、不快感、恐怖、怒り、悲しみに気づかないようにトリックをかけています。意識が外側に向かい、日常的に過緊張状態で過ごすことで、危険を感じると身体が凍りつき、麻痺や解離症状、離人感、現実感の喪失が現れます。これにより、身体の感覚がバラバラになり、心と体のつながりが断たれてしまいます。
解離症状が悪化すると、時間の流れが曖昧になり、心の成長が止まり、生活経験を積み重ねることができなくなります。その結果、自分自身の歴史を作ることができず、自己の一貫性を失い、「自分が誰なのか」が分からなくなってしまいます。
このような状況にある人へのカウンセリングは、単に言葉だけでの交流では難しいことが多いです。言葉では伝えきれない深い感覚や感情が解離状態によって遮断されているため、言語以外のアプローチも必要です。身体的なアプローチや安全な環境での感覚統合が、心と体の回復につながる重要な手段となることがあります。
1.心と体をつなぐカウンセリング:解離への多面的アプローチ
当カウンセリングルームでは、心と体の調和を目指し、心の働きが身体に与える生理的変化を見つめながら、心身の一致を図ります。身体の痛みや凝りを解消することで、心身の健康度を高め、心の回復を促進します。また、環境調整によってストレス要因を取り除く提案を行い、周囲のサポートを得るための理解を深めてもらいます。さらに、休養を通じて心身を落ち着かせる方法も学んでいただきます。
カウンセリングでは、身体志向アプローチ、マインドフルネス瞑想、呼吸法、イメージ療法、演劇療法、音楽療法、スピリチュアリティを取り入れ、セラピストとの対話の中で心、体、感情に触れる体験を重視します。また、ご希望に応じて課外活動や生活サポートも提供し、過去のトラウマに基づく未解決な行動に取り組みます。その中で、人が一つ一つの体験を通じて「私は私であり、世界とつながっている」という実感を持てるよう支援します。
また、解離による人格交代や意識変容、対人恐怖、気配過敏、身体症状など、混沌とした状況において、どうやって生きていくべきかを共に話し合いながら、解決の糸口を見つけていきます。
2.シャーマニズムを取り入れた独自のカウンセリングアプローチ
当カウンセリングルームの特徴的なアプローチとして、シャーマニズムや自然崇拝の視点を取り入れています。身体が凍りついているクライアントには、シンギングボウルやお香を使って五感を刺激し、身体の緊張を和らげる方法を提案します。心地よい音を耳で聞き、香りを感じながら、立った姿勢で口の開け閉めや手足の動きを加えることで、身体の麻痺が解け、軽さを感じることができます。
また、長年のトラウマにより気配過敏や体内過敏が生じ、憑依体質のような解離性障害の方には、自然の中に精霊が存在し、自分が守られているという物語を作っていきます。これにより、外の気配や影に対する恐怖がスピリチュアルな体験へと変わり、ストレスが軽減され、社会の中でより安定した活動が可能になります。
気配に敏感な方には、今いる空間に対して肯定的なイメージを与え、自分自身を良いものに変える「演じる」アプローチも取り入れます。こうすることで、自分をより前向きに変化させ、ストレスを減らすサポートを行っています。
3.イメージ療法と瞑想で心と体を癒す
当カウンセリングルームでは、神々のイメージを思い浮かべながら、身体を伸ばして深呼吸する瞑想を行い、トラウマによって刻まれた身体の苦しみと向き合っていきます。苦しみが限界に達すると、人はトラウマの中で凍りついてしまいますが、神々の愛に包まれることで心と体が解放され、安堵感から自然と涙が溢れ、閉ざされていた心と体が柔らかくなります。
神のイメージが合わない場合には、個々に適した別のイメージを用いて瞑想を行います。たとえば、赤ん坊を抱きしめる温もりや母親に包まれる感覚、恐ろしい動物から逃走に成功する体験、恐怖の対象を打ち倒す勝利のイメージ、懐かしい風景、好きな音楽が流れる場面など、その人にとって心地よいイメージを見つけ、身体の凍りつきを溶かしていきます。これらのイメージ療法は、トラウマによって凍りついた心と体を解放し、心身の統合と回復を促すための重要な手段です。
4.体と心を癒す旅:身体解放と内なるイメージの活用
当カウンセリングルームでは、まず身体をじっくりと観察するところから始めます。立ったり座ったりしながら、目、口、肩、手足などを動かし、身体の中にある不快な感覚や感情、凍りつき、無力感に意識を向けます。この過程で、あくびをせずに身体の内側から自然に起こる震えや揺れ、吐き気、熱、不随意運動といった治癒力を引き出すことを目指します。うまくいくと、解離する前の自分を取り戻し、全身の力が抜け、身体が軽く温かく感じられるでしょう。
このように、身体のパーツを動かして筋肉の緊張と弛緩を繰り返し、心身のバランスを整えることに時間を費やします。その後、セラピストをアシスタントとして、自分の内なる世界から浮かび上がるイメージや空想を使って、その世界を旅していきます。自分が理想の役を演じながら、美しい風景のイメージや身の危険が迫るようなイメージの間を行き来し、遊ぶような感覚で心の余裕を育んでいきます。
ある程度イメージや空想の中で心がリラックスしてきたら、次に耐えられない痛みにゆっくりと近づいていきます。自ら意識的に望みを捨て、身体が動けなくなるような感覚を体験しつくすことで、最終的には自分を支配している存在—それが親や加害者、自分自身、あるいは原始的な神経の働き—から解放されることが可能となります。このプロセスを通じて、心と身体が再び自由を取り戻していきます。
トラウマ症状は、本人の意志や心の問題ではなく、頭で理解していても行動に移せないために苦しみを生じます。トラウマは進化生物学や神経生物学的な身体的要因で引き起こされ、それが心に大きな影響を与えます。そのため、対話のみの心理療法では限界があり、トラウマや解離症状の改善には、安心できる環境作りと、心身に直接作用するアプローチが必要です。
トラウマによって失われた力を取り戻すためには、マインドフルネス瞑想やソマティックエクスペリエンスなど、身体志向のアプローチが有効です。特に、幼少期から複雑なトラウマを経験している人に対しては、トラウマ体験を語り、感情を発散させるカタルシス療法と同時に、身体的な訓練を行うことが重要です。宇宙飛行士が行うような訓練を取り入れることで、心身を統合し、トラウマの影響からの回復を目指します。
1.身体感覚と感情の統合を目指して
この訓練では、ソマティックエクスペリエンスの理論を活用し、不快な感覚や感情に向き合いながら、解離に頼ることなく現実に対処する力を養います。焦点は「今ここ」にあり、身体感覚、行動、頭に浮かぶイメージ、そして感情に意識を向け、トラウマで凍りついた身体をケアしていきます。最終的には、自然体での生き方を目指します。
治療が進むにつれ、人間の最も洗練されたシステム—トラウマによる不動状態から愛を基盤とした安定状態—が働き始めます。これにより、オキシトシンの効用が高まり、頭と身体がすっきりし、身体に宿るさまざまな感覚や感情、イメージ、記憶が自然に思い浮かぶようになります。
この浮かんだ内容をセラピストに正直に話すことで、自分の内面と向き合い、身体と心の健康状態を高めていきます。このアプローチは、心と身体が再び一つに統合され、トラウマからの回復と癒しを促進します。
トラウマから回復する過程では、まず自分の身体に意識を向け、頭(心)と身体を繋げる作業が求められます。この過程で、これまで無視してきた身体に刻まれたトラウマの痛みや、渦巻く感情、心の空虚さ、過敏さ、不安、気持ち悪さ、そして身体の不調と向き合う覚悟が必要です。
特に、性的虐待などの耐えがたいトラウマを抱えている場合、身体と向き合うことで、過去の記憶がフラッシュバックし、身体が激しく反応することがあります。例えば、手足が勝手に動き出したり、悲鳴を上げたり、体中に電撃が走るような感覚に襲われることもあり、その凄まじい反応に圧倒されることがあります。このような反応は、恐怖と共に再びトラウマの記憶が甦るため、非常に恐ろしい体験となるかもしれません。
また、心と身体が合致してくると、不快な場面では頭のセンサーが過剰に働き、過覚醒状態に陥ることがあります。この状態では、不安や警戒心、落ち着かなさ、過敏さが増し、人の気持ちを過剰に読み取ろうとしたり、強迫的な思考に囚われたりします。そのうえ、怒りや悲しみ、苦しみ、恥ずかしさといった負の感情が過剰に膨らみ、心臓の痛みや身体の動きに支障をきたすこともあります。
最終的に、頭と身体を合致させるかどうかは、本人の選択に委ねられます。もしその負荷が大きすぎる場合、離人感や解離した状態で生活を続けるという選択肢も存在します。それは、心身の安全を守るために重要な自己防衛手段であり、必ずしもネガティブなものではありません。トラウマ回復の過程は、一人ひとり異なるため、自分自身のペースで進んでいくことが大切です。
このプロセスは、身体の中に「安心」という感覚を再発見し、心と身体が一致していく道のりでもあります。自分の身体に意識を向け、解離や離人状態から抜け出すためには、まず安全な感覚を体験し、徐々にその感覚を強化していくことが必要です。
特に、身体が凍りつき、心と身体が分離してしまうような離人状態の人には、手足に振動を伝える器具(スムービーリング)を使って身体の動きに意識を向ける練習が効果的です。このように体を動かし、全身に振動を伝えることでリラックス効果が生まれ、血流が良くなり、身体感覚が徐々に戻ってくるのです。
次のステップとして、体内に湧き上がる様々な感覚を受け入れることが求められます。楽な姿勢を取り、空を飛んでいるイメージや美しい風景を思い描いたり、赤ん坊やペットを抱きしめるイメージを使うことが有効です。実際に人形を抱きしめてみることで、心臓の鼓動や胃腸の働き、筋肉の緊張や弛緩をより感じやすくなります。
また、安心できる記憶や幸福なイメージを思い浮かべ、リラクセーション効果の高い音楽を聴いて心身を解きほぐし、内なる身体感覚の変化に意識を向けることも大切です。こうした方法を取り入れることで、解離や離人感の解消に向けた穏やかな回復プロセスが進んでいくでしょう。
1.身体を解放するためのステップ:トラウマを超えて
身体に「安全基地」を見つけたら、それを心のホームベースとして使い、身体の緊張や不快感、防衛的な態度に対してより深い気づきを得ることができます。これは、心と身体が凍りついた状態や死んだふり(擬死)、虚脱状態との間を振り子のように行き来する体験となります。トラウマを持つ人にとって、これらの状態を自覚することが回復の一歩です。
筋肉が極度に弛緩している場合、ヨガのように身体を動かす難しいポーズを取り、うずくまって筋肉を収縮させてから弛緩させる手順を実践します。特に、深刻なトラウマを抱える人ほど、苦しい状況に耐える中で身体がガクガクと震え始めることがありますが、その震えを全身に広げていくことで、強い緊張を解きほぐすことが可能です。
次に、緊張している部分に意識を集中させ、その緊張がさらに強まっていくことを想像してみます。この実感を伴った意識を持ちながら、身体を動かしたいように動かすことで、固くなった部分が解放され、身体の可動域が広がっていきます。
一方で、身体の感覚が麻痺している人には、一旦「暗い穴の中で休む」というイメージを使って、身体と心に一時的な休息を与えます。その後、目が覚めたように周囲を見渡しながら、自分の身体の声を聞き、動きたい方向に身体を動かしていきます。このプロセスを通じて、筋肉を使う感覚が徐々に戻り、身体全体に血流が巡り始めるのです。
こうして、収縮した筋肉が再び感じられるようになり、自分の身体に意識を戻していく過程が整っていきます。これはトラウマからの解放への重要なステップであり、身体感覚を取り戻すことで、心と身体が再び調和し始めるのです。
2.恐怖を超えて:トラウマ治癒への道
治療の最終目標は、安全なカウンセリングルームの中で、トラウマを再現し、身体の反応に焦点を当てることです。このプロセスでは、身体が自然に反応するか、意図的にトラウマティックな状態に向き合い、不動状態、つまり「凍りつき」や「死んだふり」の状態を体験します。この状態に慣れていきながら、そこから覚醒する過程(警戒や攻撃性の出現)を恐れることなく進み、身体の生理的な変化を実感していくことが求められます。こうした耐え忍ぶプロセスを経ることで、人間が本来持っている自然治癒力が発揮されます。
恐怖に向かえば向かうほど、激しい感情や痛みによって身体が凍りつくことがあるでしょう。しかし、同時に身体の中心から燃え盛るような熱が生じ、これが治癒の鍵となります。極限の状態の中で、気を失いそうになるほどの苦しみを耐え続けると、身体は震え始め、筋肉、脊髄、扁桃体に蓄積されていたエネルギーが解放されていきます。この解放は、全身を広がる感覚とともに、深い癒しをもたらします。
このプロセスは、長期間にわたって抑え込まれていた緊張や恐怖を解放し、身体と心を再び自由にし、回復への道を開くものです。恐怖や苦痛に直面することは困難ですが、それを乗り越えることで、身体の本来の治癒力を最大限に引き出し、トラウマからの真の回復を得ることができます。
全身の筋肉が適度に広がると、身体の中に安心感が生まれ、深い呼吸が自然とできるようになります。背筋も伸び、緊張がほぐれていく中で、自分の身体とより親密な関係を築くことが可能になります。この段階に至ると、身体に対する恐れが薄れ、自分の内側から湧き上がる感覚に対しても受容的になれるでしょう。その結果、地に足をつけてしっかりと現実を生きること、つまりグラウンディングが自然にできるようになります。
治療直後は、身体が適度に力を抜き、リラックスした状態で過ごせることが多いです。自分の身体が安全な感覚を覚え、緊張から解放された状態が続くことで、穏やかな日常を取り戻すことができます。しかし、日常生活に戻って一定の時間が経過すると、注意すべき点が浮かび上がります。それは、身体に染みついた恐怖や警戒心が再び現れ、無意識のうちに次の脅威に備えようとする反応が起こることです。このため、元の過緊張や凍りついた状態に戻ることも少なくありません。
トラウマ治療は、一度で完全に終わるものではなく、時間をかけて徐々に変化を定着させていくプロセスです。日常生活での不安や緊張が再び現れることに対して、自分自身を責めるのではなく、治療を繰り返し、安心できる時間と空間を少しずつ広げていくことが重要です。
1.トラウマが解放されていくプロセス
トラウマの治療は一度で終わるものではなく、何十回にもわたるセッションを通じて心と身体に反応を引き起こし、凍りついたトラウマを少しずつ緩めていくプロセスです。治療は、進んでは戻り、また進んでいくという段階を繰り返します。凍りついた身体と心が徐々に解放される過程では、全身が震えたり、鳥肌が立ったり、熱くなったり、痙攣したり、涙が溢れたりといった反応が起こり、身体に溜まっていた強烈な緊張がほどけていきます。
セッションの中で、身体内部に安心感が生まれると、自律神経システムが平衡状態に戻り、心身の様々な問題や原因不明の症状が徐々に改善されていきます。筋肉が緩み、内臓の感覚が変わっていくことで、トラウマによって影響を受けていた脳や神経システムにも少しずつ変化が現れます。
また、このプロセスを通じて、自己認識も変容します。治療が進むにつれて、観察者としての自分や身体の内部で縮こまっている自分から、他者に見られている自分、現実世界にしっかり存在している自分へと変わることができるのです。これにより、心と身体の調和が進み、現実とのつながりを取り戻すことが可能になります。
2.トラウマ治療の効果と成長の道
セッションを重ねることで、呼吸が楽になり、ストレスへの耐性が強まっていきます。また、覚醒状態に対する耐性も広がり、自己感覚が安定し、自分自身でいられる感覚が深まることで、日常生活の困難にもしっかりと対処できるメンタルが鍛えられていきます。このような変化を通じて、心の強さが自然に育まれていくのです。
さらに、内なる感覚、イメージ、感情、思考を行き来することで、理性的な脳と情動的な脳のつながりが活性化し、本来の自分の感覚を少しずつ取り戻していきます。次第に心が落ち着き、薬を使わずに自然に眠れるようになり、表情にも爽やかさが増していきます。
その後、セラピストとの対話を通じて、過去の否定的な物語を肯定的なものに書き換えていくプロセスが始まります。自分のストーリーに新たな意味付けを行い、ポジティブな自己認識を確立していくことで、新しい自分としての生き方を見つけることができるのです。望む自分のイメージが形作られ、自分のペースで生きることができるようになると、心身ともにバランスが取れ、体質も大幅に改善されていきます。
凍りつきや死んだふりといった不動状態に入るには、自分の身体と向き合う勇気や、症状を治したいという強いモチベーションが必要です。特に、恐怖に敏感な人ほど、恐怖に直面した際に身体が固まったり、息苦しさや血の気が引く感覚、感覚の麻痺などに対して強い恐怖を感じることがあります。
また、解離が重度の人ほど、治療の途中で脳や身体が危険を察知し、不動状態に入るか、虚脱してしまう、強い眠気が襲ってくる、あるいは集中力が途切れてしまうために、心と身体がすぐに分離してしまうことがあります。こうした反応により、治療がなかなか先に進まない場合も少なくありません。
特に、線維筋痛症を抱える人では、全身が常に痛みと固さに包まれているため、身体に意識を向けるよう指示しても、痛みによってさらに身体が収縮し、逆効果になることがあります。このようなケースでは、身体の反応が思うように進展しないことが多く、治療が困難になる場合もあるのです。
さらに、トラウマが重症化してエネルギーが枯渇してしまった人の場合、身体が反応しづらくなり、イメージトレーニングができなくなることがあります。このような状態では、トラウマの核心部分を変化させることが難しく、治療の進行に大きな障害が生じることもあります。
1.トラウマ治療の過程で起こる心と身体の変化への対応
治療を進める上での注意点として、解離や離人感が消えていくと、心と身体が一体感を取り戻す一方で、過去の自分の行動に気づき、心理的な負担を感じることがあるかもしれません。自分の感覚が戻ってくることで、現実世界の急速な変化に対応しきれず、身体の痛みや不快な感情、過敏さ、不安、緊張が強まることも予想されます。
これまで、身体を麻痺させるような低覚醒状態にあった人が、治療が進むにつれて、無力感と過覚醒の間を行き来するようになることがあります。この段階では、本能的な攻撃性や希死念慮が浮上し、精神的な揺さぶりに悩まされることも少なくありません。
回復の過程で、身体に意識を向け、本来の自分に戻っていくと、これまで避けていた恐怖や無力感に直面することがあります。その結果、外界との関わりを避け、引きこもりがちになることもあります。また、自分のありのままの感情を解放したいと感じる反面、それが周囲に迷惑をかけるのではないかという不安を抱くこともあるでしょう。このため、自分の感情を社会の中で適切に表現し、周囲との調和を保つためのバランスを取ることが重要です。
トラウマ治療は、心と身体のつながりを回復するだけでなく、社会との関わり方にも新たな挑戦を伴います。この過程では、自分自身と周囲の人々への配慮を忘れずに、ゆっくりと進んでいくことが大切です。
2.過覚醒からの回復:身体と心を調整するセルフケア
過覚醒状態になると、呼吸が浅く早くなり、周囲の脅威を探るように過剰に警戒し、人の気持ちを読み取ろうとし、細かいことにまで敏感になります。この状態では、緊張や恐怖、イライラ、モヤモヤ、さらには痒みなどの不快な症状が現れ、日常生活がスムーズに進まず、心身に大きな負担がかかることがあります。
このような時には、まず自分のストレスを感じている身体に意識を向け、その感覚の変化を観察するワークが効果的です。不快感をすぐに無視して動き出すのではなく、好奇心を持って身体の怠さや疼き、不安定な感覚にじっくり向き合います。すると、身体の中にある不快感が一つの塊となり、凍りついていくのが感じられるでしょう。この過程を理解することで、凍りついた状態や離人感を解消し、自己調整スキルを向上させることが可能です。
また、日常生活でトラウマのトリガーに引きずられ、過覚醒に陥ったときには、自分を落ち着かせるためのポーズを取ったり、心拍数を下げるような呼吸法を試みることが役立ちます。反対に、足を大きく上げて走る運動など、心拍数を高める活動を行うことで血液の循環を促し、過覚醒から凍りつく症状を予防することも有効です。
さらに、普段から身体の声に耳を傾け、全身を動かしてリフレッシュするトレーニングや、リラックスした姿勢で全身の力を抜く練習、呼吸法、自律訓練法、筋弛緩法も効果的です。これに加えて、立った状態で顎を下げ、口を開け閉めするなどの簡単な動作を通して、身体内部を意識的に探索することで、自然と震えや熱感が湧き上がり、体が本来持つ回復力が引き出されます。このような自己調整の訓練を繰り返すことで、社会との繋がりを安心して感じられるようになり、心地よく過ごせる日常を取り戻すことができます。
治療の方法をまとめると、以下のステップが重要です。
まず最優先すべきは、安心・安全感を得るために環境を整え、ストレス要因を取り除くことです。生活の中で強い不安や恐怖を抱えている場合、解離症状は改善されにくく、むしろ悪化することがあります。そのため、日常生活において自分が感じているストレスに気づき、それを自己調整することで自分自身をケアしていく必要があります。
カウンセリングでは、人との対話を通して幸せを感じる体験を重視します。これにより、自分の人生やこの世界に対するイメージをポジティブなものに書き換えていきます。また、状況を適切に認識し、今置かれている環境に対処できる力を養うことで、自己成長を促していきます。
解離症状がある人は、心と身体の感覚が一致していないため、身体的アプローチが難しいことがあります。まずは「スムービーリング」などの振動を利用して、身体の感覚や動きを脳で認識しやすくするステップを取り、心と身体を一致させてから次の段階に進みます。
ソマティックエクスペリエンス(身体志向アプローチ)を活用して、解離や身体の不安に対処します。これはNASAの宇宙飛行士も行う訓練で、過緊張と不動、麻痺の間を行き来する低覚醒状態の人が、交感神経と副交感神経を活性化させて自己調整します。このアプローチでは、進化の過程で発展した神経系の働きを活用し、身体に蓄積された過剰なエネルギーを解放していきます。これにより、防衛的な態度が消え、緊張とリラックスの間をスムーズに行き来できるようになります。
1.解離からの回復:心と身体を取り戻すプロセス
解離症状を抱える人は、長い間、我慢を重ね、身体が凍りついた状態にありました。闘争・逃走反応によってエネルギーが過剰に溜まっていたり、虚脱して衰弱していることが多いです。しかし、この蓄積されたエネルギーを解放することで、逞しい身体とスピリチュアリティに変容させることが可能です。
セッションを繰り返す中で、虚脱への対処方法を学び、身体が凍りつきにくくなることで、緊張とリラックスの間を自由に行き来できるようになります。これにより、対人緊張が和らぎ、落ち着いて人と話すことができるようになり、思考力も改善されます。また、周囲に対する警戒心ばかりが強かった状態から、自分自身に注意を向けることができるようになり、集中力やモチベーションも高まっていきます。
今まで胸や喉に締めつけられるような痛みを感じていた人も、その痛みが徐々に耐えられるものに変わり、「私は今ここで生きている」「私はこの世界と繋がっている」という現実感が戻ってきます。このプロセスを経て、心と身体が再び出会い、本来の姿を取り戻していきます。
フラッシュバックも起こりにくくなり、過去に引きずり込まれることが少なくなるため、嫌なことがあっても振り回されず、冷静でいられるようになります。最終的な目標は、心身の症状が必要なくなるくらいに自分を取り戻し、力強さを得て、日常生活を自由に送れる状態になることです。そして、外の世界の人々と繋がり、喜びを分かち合えるような生活を実現することです。
目標が達成されると、これまで自分を守るために纏っていた防衛が取り去られ、表情が柔らかくなり、自分に対しても優しさを持てるようになるという変化が訪れます。
2.回復のステップ:自分を受け入れ、前向きに生きるために
最初のステップは、自分の状態を正しく認識することです。自分が病気であることを理解し、それを受け入れることは、回復への第一歩です。これにより、治療やサポートを積極的に受け入れる準備が整います。
病気の一環として、自分の中にさまざまな人格や感情が存在することに気づき、それを認めていくことが重要です。自分の一部として受け入れることで、内面との調和が生まれ、回復への道が開かれます。
「自分は存在しても良いんだ」という感覚を取り戻すことは、回復における大きな進歩です。この感覚が強まることで、自己価値感が芽生え、より充実した人生を送る意欲が湧いてきます。
病気を否定するのではなく、向き合いながら前向きな気持ちで人生に関わる姿勢を持つことが大切です。これにより、回復への道のりが力強く、実りあるものとなります。
治療が進む中で、徐々に人間らしい感覚や感情を取り戻していきます。これまで失われていた感覚が戻り、日々の生活に喜びや充実感が増していきます。
最終的には、身体的・精神的な元気を取り戻し、病気に縛られない自由な生活を送れるようになります。元気になることは、回復の証であり、新たなステージへの出発点です。
トラウマケアこころのえ相談室
論考 井上陽平