解離性同一性障害(DID)の治療において、通常は「主人格」が治療を進めていくことが多いですが、セッションの途中で痛みに凍りついた「子どもの人格」や「基本人格」へ交代することがあります。このような交代は、患者の心が過去のトラウマと直面した際に起こる自然な反応です。しかし、治療を効果的に進めるためには、心と体を繋げ、患者がリラックスできること、自分自身を「安全だ」と感じられる環境が何よりも大切です。
安心で安全な現在の生活環境が整わない限り、トラウマに深く触れる治療を進めるのはリスクがあります。特に、虐待を受けながらもその親元から離れることができない場合、トラウマに直面するのはかえって逆効果になることが少なくありません。
治療の最初のステップは、体の状態を整え、自分を大切にする「今ここでの瞬間」を身につけることです。このプロセスでは、ただ感情に焦点を当てるだけでなく、患者がこの社会の中で生き抜く力を育てることが目標となります。自由に自分の本音や感情を話せるような場を提供することで、患者は心の奥深くに抱えているものを解放し、自分自身を理解していくことができます。
トラウマに焦点を当てた治療では、体に根付いた感情や感覚を扱う「身体に根差した治療」が効果的です。しかし、トラウマがフラッシュバックとして蘇ることで、患者が不快な感情や記憶を再体験するリスクが常に伴います。子ども人格や攻撃的な人格、引きこもってしまう人格などに交代してしまうこともあります。
そこで、治療ではまず凍りついた体に注意を向け、交感神経が過剰に反応する瞬間を観察することが重要です。この身体の反応に気づき、理解できるようになることで、トラウマに対する耐性が広がり、人格交代が起こりにくくなるのです。心と体のバランスを取り戻すことが、解離性同一性障害の治療において最も重要なポイントとなります。
治療は長期的なプロセスですが、患者が安全で自由に自分の感情を表現できる環境を整え、体の感覚に意識を向けていくことが、真の回復への道を開く鍵です。
解離性同一性障害(DID)の人は、過覚醒、凍りつき、虚脱などの極端な身体反応の間を行き来しているため、まずは身体の状態に着目することが治療の第一歩です。身体を観察すると、顔、首、肩、胸、背中、腰などがガチガチに固まっていることが多く、場合によっては手足に力が入らない、動かしにくいという症状が見られます。
治療では、まず身体の部位に注意を向けることが重要です。多くの患者は、自分の身体の感覚がわからない、自分の体だと感じられない、血が通っていないようなゴムのような感覚がすると訴えます。さらに、疲労や痛み、寒気、吐き気、不快感、そして過去の嫌な記憶が、身体の感覚に集中することで浮かび上がることもあります。これらの感覚は、トラウマが体内に深く根付いていることを示しています。
解離性同一性障害の治療では、まず「生きるか死ぬか」の緊張状態を解きほぐし、現在の安心感を育てることが最も重要な目標となります。筋肉の緊張を緩め、日常生活を少しでも楽に過ごせるようにするための具体的な方法を考えるプロセスが、患者の回復に大きく貢献します。
一部の患者は、身体感覚が麻痺しているため、注意を向けても何も感じられないことがあります。その場合、治療では身体に振動を与える器具を使い、感覚を徐々に取り戻す手助けを行います。しかし、このプロセスの中で手足がガクガクと震えたり、過去の記憶がフラッシュバックすることがあり、そのため慎重なアプローチが求められます。
また、患者が安心できるイメージや、望ましい自己イメージ、あるいは「戦う」や「逃げる」といった行動のイメージを描くことが難しく、治療が停滞することもあります。これらの困難に直面した際には、患者が自分のペースでゆっくりと進んでいけるよう、支援が必要です。
解離性同一性障害の治療は、心と体を再び繋げ、安全感を再構築する長期的なプロセスですが、一歩一歩進むことで、少しずつ本来の自分を取り戻していくことが可能です。
解離性同一性障害(DID)の症状が重度な場合、患者はしばしば自分の身体が他人のものであるかのように感じ、自分の手足が誰か他人のものに思えることがあります。心と身体が一致せず、この不調和が生活の質に大きな影響を与えます。特に、安心感を得るためのイメージが「布団の中に隠れる」「暗い部屋で休む」など、避難的で閉ざされたものに限られることが多いです。
このような患者に対しては、まず自分が安全だと感じられる場所のイメージをすることから始めます。患者が思い描く安全な場所に「逃げ込む」ことで、自分にとって心地良い方法で過ごしてもらいます。例えば、息を潜めてじっとするという感覚を大切にし、必要であれば顔を上げて周りを見渡すことができるように促します。
次に、目や手足を動かして、少しずつ身体の感覚を取り戻し、エネルギーを覚醒させるプロセスに進みます。この際、身体が発している声に耳を傾けながら、力を入れたり抜いたりし、心地良い動きを自由に探ることが重要です。さらに、心地良い音や香りを楽しみながら、深呼吸をすることで、身体の中に眠っている安心感を引き出していきます。このプロセスを通じて、患者は自分自身の自然治癒力を活性化させていきます。
治療はカウンセリングルームだけでなく、自然に囲まれた場所で行うことも効果的です。自然の中で過ごすことで、心と体のバランスが整い、自分自身をケアする感覚をより深く体験することができます。
解離性同一性障害の治療は、年単位で進める長期的なプロセスが必要です。そのため、治療者との相性は非常に重要です。話すだけで緊張がほぐれるような安心感を提供できる治療者との関係性が、治療の効果を高めます。また、解離性同一性障害の治療に詳しい専門家を選ぶことも、治療を成功に導く鍵となります。
この治療プロセスは、心と体を再び繋げ、安全な場所を感じる能力を取り戻すことを目指しています。それによって、患者は少しずつ自身の人生を取り戻し、日常生活の質を高めていくことができるのです。
解離性同一性障害(DID)の治療は、主人格の状態や周囲の状況によって難易度が大きく異なります。主人格が性暴力の被害者である場合や、発達障害の特徴が強く現れている場合、あるいは自分の病気や症状に無自覚であるといったケースでは、治療が一層困難になります。さらに、主人格が頻繁に状態を変えたり、数日前のことをほとんど覚えていなかったり、守護者人格が不在、もしくは妨害人格が強力である場合も、治療の進行が難しくなる要因です。経済的に困窮していたり、パートナーや現実的なサポートシステムがない場合は、治療への負担がさらに増します。
特にパートナーや家族がいない場合、治療者に対して強い依存心が生まれやすくなります。このような場合、患者が抱える生きることの苦痛がすべて治療者に向けられることが多く、治療者もそのすべてを受け止めるのは非常に困難です。
初期の段階では、主人格が治療者を理想化し、信頼関係が良好に見えることがよくあります。その結果、治療者も甘やかしがちになり、治療のバランスが崩れることがあります。しかし、時間が経つにつれ、主人格が依存的になり、治療者に対して次第に横柄な態度を取るようになることがあります。「自分のすべてを理解してほしい」という強い要求が現れ、治療者との関係が緊張していくことも少なくありません。
解離性同一性障害の患者は、家庭内でも過去の記憶や現実の刺激に対して過剰に反応し、落ち着きを失うことがあります。この時、患者はまるで気が狂いそうな感覚に襲われ、強い不安定さを感じます。感情が大きく揺れ動く中で、耐えがたい苦痛を感じる瞬間が頻繁に訪れ、その影響で気持ちを抑えきれなくなることが多く見られます。
このような状況では、相手の都合を考える余裕がなく、患者は緊急の支援を求めてLINEやメール、電話を頻繁に行うことがあります。これにより、治療者も対応に追われ、状況が手に負えなくなることがあるのです。患者の感情の波に対処しながらも、適切な距離感を保つことが治療者にとっては重要ですが、そのバランスを取るのは容易ではありません。
このような状況では、治療者が全てを受け止めるのではなく、適切な距離感と限界を設けることが重要です。治療者が無制限に支援を提供することは患者にとっても良い結果を生まない場合があり、適切な支援ネットワークを構築しながら、少しずつ自立を促していくプロセスが必要です。
解離性同一性障害(DID)の患者は、非常に深刻なトラウマ反応を示すことがあり、特に酷い時には、日常生活が全くできなくなるほどの身体的・精神的苦痛に見舞われます。頭痛や腹痛、胸の痛み、下痢、嘔吐、発作などが起こり、まともに動くことができなくなることもあります。フラッシュバックが発生している間は、呼吸が苦しくなり、叫び声を上げたり、心臓が停止しかけるような感覚に陥ることもあります。さらに、脳への酸素や血液の供給が減少し、意識が朦朧とし、虚脱状態に陥ってしまうのです。
中には、身体の中で感情が渦巻くように感じ、関節や体の各部に激しい痛みを抱えながら、生と死の狭間で混乱する人もいます。このような状態では、日常生活をこなすこと自体が非常に困難です。一人きりになると、自分が何者であるかも分からなくなり、助けを求める相手として治療者に過剰な期待を抱くことが少なくありません。
周囲に頼れる人がいない場合、患者は治療者に強く依存する傾向があります。この依存がエスカレートし、治療の枠組みを超えてしまうと、治療者も対応に苦しむことがあります。治療者が完全に手に負えなくなり、結果としてイライラしたり、冷たい態度を取ってしまうこともあります。その場合、治療に制限を設けざるを得ない状況に陥ることがあり、患者の期待に応えることができなくなります。
特に主人格は、心の中に抱える深い闇のために、小さなことでも「裏切られた」と感じやすく、その結果、見捨てられ不安が高まり、解離を引き起こします。治療者と患者の関係が不安定になり、依存と期待の間で両者が苦しむことが少なくありません。
このような状況下では、治療者は患者の心と体の両面に注意を払いながら、慎重に関係を築いていくことが求められますが、非常にチャレンジングなプロセスとなります。
解離性同一性障害の治療において、主人格が抱える感情や反応は非常に複雑です。例えば、最初は治療者が心配してくれていたと感じていても、治療が進むにつれて治療者の反応が薄れると、主人格は「試し行動」を繰り返すことがあります。治療者からの一見冷たい対応を「手のひらを返された」と感じ、「もう嫌われた」と考えたり、治療者の態度を嫌味と感じることもあります。その結果、「こんなに苦しんでいるのに」と怒りや恨みを抱くことも少なくありません。
さらに、治療を進める中で、迫害人格の惑わし行為や解離性健忘、妄想、幻覚、作話が絡むと、事態は一層複雑になります。これにより治療関係がうまくいかなくなり、患者は治療者とうまく関係を築けないことに悲しみ、自分自身に対する絶望感を抱くことがあります。
このような状況が続くと、どうしてよいかわからなくなり、混乱の中で怒りや「死にたい」という強い感情が現れます。最終的にこれらの感情が解離を引き起こし、攻撃的(迫害的)な人格が表面化して無茶苦茶な行動を取るというパターンに陥ることがあります。こうしたサイクルが繰り返されると、主人格の窮乏した子どもの部分と、攻撃的な人格による妨害工作が絡み合い、負のサイクルにハマり、泥沼状態に陥ってしまうのです。これにより、患者は治療者に対して逆恨みを募らせ、治療がさらに困難になります。
このように、解離性同一性障害の治療は非常に難しく、特に人格の入れ替わりや感情の不安定さが絡むと、治療者が対応しきれない場面も少なくありません。また、迫害的な人格の影響や患者の感情の爆発が機関レベルで問題を引き起こすこともあり、そのリスクの高さから、患者を受け入れてくれる医療機関を見つけるのが困難な状況もよくあります。
治療を進める上で、適切な治療者との関係を築くことや、安全な環境を提供することは不可欠ですが、その過程は長期的かつ困難なものであり、多くの挑戦を伴います。
解離性同一性障害(DID)の治療では、主人格や子ども、大人の人格たちと信頼関係を築き、その関係を維持することが非常に重要です。DIDの人は、人間不信が強く、細かいことまで気にしてしまうため、言葉をそのまま受け取り、誤解や勘違いをしやすい傾向があります。これにより、治療の枠組みを越えた行動が出たり、途中で治療が思うように進まなくなる「陰性治療反応」が起きることもあります。そのため、治療では制限と補償のバランスを保ちながら進めていく必要があります。
治療がうまく進むためには、本来の人格が安心感を持って治療に臨めることが重要です。安心感を持てると、身体や心に「オキシトシン」という幸福ホルモンが分泌され、回復が促進されます。日常生活の中で、子ども人格が耐え忍び、大人人格に切り替わって疲れ切った状態で治療を受けることが多いですが、治療者との間に信頼関係が築かれていれば、少しずつ身体も心も回復していくでしょう。
一方で、主人格が元気になると、外の世界で活動的になりますが、それによってトラウマの「トリガー」を無意識に踏んでしまい、内部世界の混乱や崩壊を引き起こすリスクが高まります。そのため、生活環境を調整し、トラウマを引き起こす可能性のある存在や状況から距離を取ることが不可欠です。自分を脅かす存在を見極め、それらから離れて生活することで、心の安定を保つことができます。
回復には、自分を支えてくれる人たちと一緒に生活することが非常に役立ちます。また、都市部のストレスや解離を促進しやすい環境を避け、自然に囲まれた環境で過ごすことで、より安定した心身の回復が期待できるでしょう。自然の中で生活することは、解離性同一性障害を抱える人にとって、癒しと回復のための重要な要素となります。
解離性同一性障害(DID)を抱える人の中には、保護的な人格、攻撃的な人格、そして子どもの人格が存在しています。一般的に、主人格はストレスや不快な状況に非常に敏感で、すぐに身体が固まって解離状態に陥ることがあります。特に不快な場面では、攻撃的な人格が前面に出てきて、抑えきれない感情をそのままぶつけてしまうことが多く、それが原因で人間関係がうまくいかなくなることがあります。
治療の一環として、主人格が攻撃的な人格とコミュニケーションを取り、少しずつ信頼関係を築いていくことが重要です。このプロセスでは、セラピストが仲介役となり、主人格と攻撃的な人格の間で3者間の対話を行うことが効果的です。
攻撃的な人格は、身体的・精神的・性的な暴力の被害者であり、主人格が耐えきれなかった苦痛をすべて引き受けています。このため、攻撃的な人格を否定することなく、どのような恐怖を経験してきたのか、どんな感情を抱いているのかを丁寧に聞き取ることが大切です。暴力的な手段しか知らない攻撃的な人格に対して、暴力以外の選択肢があることを教えることも治療の大きな目的となります。
とはいえ、主人格と攻撃的な人格の間には、相容れないことが多いのも現実です。攻撃的な人格は、過去のトラウマに根ざしており、その存在理由を失わない限り、問題行動が続く可能性があります。そこで、攻撃的な人格が不要なほど、生活環境を整えていくことが基本的な治療方針となります。安心できる環境が整えば、攻撃的な人格は次第に表に出ることが少なくなり、心の安定が図られるでしょう。
このプロセスは時間を要するものですが、攻撃的な人格部分との対話と生活環境の整備を並行して進めることで、最終的には主人格が安全と安心を感じ、心身の統合が進むことが期待されます。
ボディに焦点を当てた治療を行う際、患者は恐怖に直面し、自発的に身体を固めることがよくあります。この時、手足の感覚がなくなり、身体から切り離されたように感じることもあります。こうして主人格が自分の身体から離れていくと、その隙を狙って子どもの人格が現実世界に出てくることがあります。
子どもの人格が表に出てきたときは、彼らに安心感を与えることが大切です。お菓子を食べたり、お話をしてもらいながら、何を怖がっているのかを丁寧に聞き出しましょう。この対話によって、子どもの人格が安心できる環境を整えることが重要です。
主人格には、子どもの人格が自分の一部であることを認識してもらいます。子ども人格の存在を否定せず、むしろ肯定的に受け入れられるように導いていきます。このプロセスを通じて、主人格と子ども人格との間で内的なコミュニケーションを促進し、彼らが協力して共存できるようにすることが、治療の大切なステップです。
このようにして、患者が自分の内部世界を理解し、各人格との対話を通じて自己統合を進めていくことが、治療の鍵となります。
トラウマの治療において、身体を通じたアプローチが非常に有効です。特に、ソマティック・エクスペリエンスの技法やポリヴェーガル理論を基盤としたボディセラピーが効果的です。まずは、自分が最も安全だと感じるイメージを見つけ、それを用いて、今いる空間を安心できるものに変えていきます。このプロセスと同時に、身体の感覚に意識を向けることが重要です。
治療の一環として、自分とは異なる「理想の自分」をイメージし、その自分として今いる空間を自由に活用する練習も行います。エネルギーが体に湧いてきたら、肩を動かして緊張を解く、手で物を握る、足でしっかりと歩くといった小さな動きから始めます。これにより、「自分の手で物を掴んでいる」「自分の足で地面を踏みしめている」といった感覚を少しずつ取り戻していきます。
さらに、手や足の指を動かしながら、それに意識を向けることで、身体を活性化させることができます。振動を伝える器具を使いながら、ラジオ体操のように全身を動かすエクササイズも効果的です。この動きを通じて、身体の感覚に注意を向け、集中力を鍛えます。こうしたエクササイズを重ねることで、身体が凍りついた状態からリラックス状態へと戻す力を養うことが可能になります。
このようなボディセラピーはカウンセリングルーム内に限らず、外の安全な環境で行うことも大切です。例えば、山登りやボルダリング、神社や仏閣を巡るといった活動は、筋肉や皮膚、内臓感覚を刺激し、身体全体を鍛えるのに役立ちます。自然とのふれあいを通じて、心身のバランスを整え、トラウマからの回復を促進します。
解離性同一性障害の患者は、頭、顔、首、肩、胸、背中、足などのラインがしばしばガチガチに固まっています。このため、治療の際には、目や口、肩をゆっくり動かしながら、身体の内部に意識を向け、あくびをしないようにしながら慎重に探索を進めていきます。身体が麻痺状態から解放され始めると、痛みや不快な感覚、長い間閉じ込めていた「悪いもの」が表面化することもあります。
治療の核心は、安全な空間の中で身体に注意を向け、トラウマ反応を引き出して自然回復力を活性化させることです。身体が自然に回復する際には、揺れや震え、熱感、不随意運動などが現れ、身体の詰まりや固さが少しずつ解けていきます。こうして全身の力が抜け、手足の先まで温かさが広がり、リラックスした状態に戻っていきます。
特に息苦しさを感じている患者には、動かない肺や喉、胸の固さに注意を向け、身体の中に詰まっているものをすべて吐き出すことを促します。これにより、徐々に深く息が吸えるようになっていきます。
しかし、身体に注意を向ける過程で感情や感覚の麻痺が解けると、フラッシュバックが起こることがあります。これにより、暗い穴の中でうずくまる子どもの人格に交代するなど、激しい混乱を引き起こすことも少なくありません。特に性暴力の被害者の場合、身体に注意を向けることでフラッシュバックや吐き気、激しい涙や鼻水、感情がコントロールできないほどの圧倒的な反応が起こり、治療が一時的に進めにくくなることもあります。
このように、治療中には非常に強烈な身体的・感情的反応が出ることがあり、それが患者を圧倒し、治療の継続が難しくなることもあります。そのため、トラウマの回復には、不快な感情や感覚と向き合う勇気と覚悟が必要です。こうしたプロセスを乗り越えることで、少しずつ自己の統合が進み、身体と心の回復が促されていくのです。
解離性同一性障害の患者は、最も深刻なトラウマを抱えており、カウンセリングやセラピーの中で身体に焦点を当てたり、悪いイメージを思い浮かべたりすると、一瞬で身体がガチガチに凍りつくことがあります。このとき、患者は意識が遠のき、離人症状や機能停止状態に陥ることがあります。
機能停止が起こると、しばらくの間、患者は静止したまま動かなくなり、場合によっては子どもの人格に交代することがあります。主人格はその間、"あちら側の世界"に飛んでしまい、その間に起きた出来事を記憶していないことも少なくありません。このため、治療では身体感覚や悪いイメージを扱う際に、慎重に段階を踏むことが必要です。
恐怖に向き合う際は、患者の恐怖を弱い順に並べ、段階的に進めていくことが重要です。恐怖を一気に感じさせるのではなく、徐々に負担をかけることで、患者が耐えられる範囲で感情に向き合えるようにサポートします。また、身体が凍りついてしまう際も、筋肉を弛緩させることから始め、徐々に緊張が強まっていく過程を丁寧に観察しながら進めることが効果的です。
DIDの患者が身体を凍りつかせた場合、その自然な回復には時間がかかることがあります。このため、セラピーでは患者の身体が自然に解放されるまでの時間を尊重し、無理に進めず、ゆっくりとリラックス状態へ導くことが大切です。患者が身体の反応に注意を向け、凍りつきが和らぐプロセスを支えることで、徐々に身体と心が統合され、トラウマからの回復が進んでいくことが期待されます。
解離性同一性障害を抱える人の中には、身体を凍りつかせても自分を保てる場合、じっと我慢し、動けない状態にまで耐えることがあります。このような時、自分の身体に注意を向けて集中できる場合には、胸がザワザワし、苦しさや吐き気、気持ち悪さ、そして体内に塊のような感覚が現れることがあります。
身体が凍りつく恐怖に向き合うと、全身が熱くなり、呼吸が苦しくなり、汗が出るなど、強烈な身体反応が起こります。解離せずにこの不動状態を体験し続けると、やがて身体の震えや痙攣、鳥肌、寒気が生じ、長い間蓄積されていたトラウマのエネルギーが放出されます。その結果、筋肉の緊張がほぐれ、身体は弛緩し、治療後や次の日には、非常に落ち着いて過ごせるようになることがあります。
治療の効果を維持するためには、日常生活の中でリラックスや安心、安全感、休息の時間を増やすことが大切です。少しずつ休息の時間を増やし、心と体をリセットすることで、より安定した「人間らしい」生活を送れるようになります。治療の合間にも、リラクゼーションを意識的に取り入れることが、長期的な回復に繋がります。
解離性同一性障害の人は、主人格と子ども人格の間を頻繁に行き来するため、日常生活においても移動が難しくなることがあります。特に、電車などの公共交通機関を使ってカウンセリングルームに定期的に通うのは、身体的にも精神的にも大きな負担となる場合があります。また、性暴力のトラウマを抱えている場合、身体が強烈な反応を示すことがあり、対面でのカウンセリング自体が難しくなることもあります。
こうした状況では、自宅からアクセスできる電話やZOOM、スカイプといったオンラインカウンセリングが有効です。オンラインの環境であれば、移動の負担を避けつつ、安全な空間でカウンセリングを受けることができます。また、子ども人格が痛みや恐怖、感じている本音をセラピストに話すことができ、トラウマに向き合うプロセスが少しずつ進むでしょう。
治療の一環として、子ども人格が自身の気持ちをセラピストと共有することに加え、自分の身体に注意を向けることが重要です。これにより、子ども状態の感覚から徐々に大人の状態へと変容するアプローチが効果的である場合があります。段階的に身体と心の統合を目指し、安心感を持ちながら自己の変化を進めていくことが回復の鍵となります。
解離性同一性障害やトラウマを抱える人の中には、毎日胸が痛く、息が吸えず、身体が凍りついたように感じ、過去の記憶に引きずり込まれてしまう人がいます。このような場合、生活の中で特に凍りつきが起こりやすい場面に焦点を当てて治療を進めることで、より自然にトラウマの解消が図れるかもしれません。
特に、毎晩同じ時間や状況でフラッシュバックが起こり、身体が凍りついてしまう場合には、その凍りつく時間に合わせたオンラインカウンセリングが有効です。自宅で安全にセッションを受けられるため、移動の負担もなく、問題に直面する瞬間に治療を受けられる環境が整います。
生活の中で繰り返し身体が凍りついてしまう状況に焦点を当てて治療を進める際、まずは凍りつく前の身体の反応に気づくことが重要です。凍りつく前には、胸のあたりにざわざわとした不快感や、胸の固まりが大きくなっていく感覚が現れることがあります。こうした身体のサインを認識することで、凍りつきの兆候をつかむことができます。
身体が完全に凍りつき、まるで恐ろしい出来事を再体験しているかのような状況になったとき、その凍りついた部分に意識を集中させます。セラピストのサポートを受けながら、身体が自然に反応する力を引き出し、本来の自分に戻るための作業を進めます。このプロセスでは、セラピストを頼りにしながら、身体と心の回復を目指します。
トラウマ治療の中で、過去に自分に危害を加えた人物が浮かび上がることがあります。このとき、セラピストと共に「戦うか逃げるか」のイメージを描いていくことが重要です。例えば、逃げる場面を想像したり、セラピストと協力して加害者と戦うシナリオを作り出すことで、脅威を退けた感覚を体験します。このプロセスを通じて、患者は安心感を取り戻し、脅威を無事に回避した後には、自分の身体の感覚に再び意識を集中させ、落ち着きを取り戻します。
セラピーが進むにつれて、患者は何度も加害者に捕まる場面を再体験することがあり、そのたびに身体が固まることがあります。しかし、繰り返し行う「逃げるイメージ」や「脅威を乗り越えるシナリオ」を通じて、トラウマ反応に徐々に対処できるようになります。このイメージトレーニングを続けることで、トラウマからの回復が進み、身体と心の統合が促進されます。
特に、身体が固まる前後の段階で、自分の身体に意識を向けることが非常に重要です。この意識を保つことで、解離を防ぎ、現実とのつながりを維持することができます。もし、加害者に捕まる記憶が蘇ってきた場合は、セラピストのサポートを得ながら、そこから逃げる、もしくは加害者を打ち倒すイメージを思い描きます。その際、身体の感覚に集中し、凍りついた身体がどのように反応するかを丁寧に観察します。
身体が凍りついて不動状態に陥った場合、手足が勝手に動き出すことがあります。このときは、身体の動きを制御せず、セラピストの支えを受けながら自然に任せて自由に動かすことが大切です。身体が解放されると、全身が震えることがありますが、この震えは止めるのではなく、自然に終わるまで待ちます。このプロセスにより、トラウマによって蓄積されていたエネルギーが解放され、心身の回復が進んでいくのです。
治療が順調に進むと、患者の声は涙声やかすれた声から、澄んだ安定した声へと変わり、呼吸も深く楽にできるようになります。体内のリズムが正常に戻り、血の巡りを感じられるようになると、瞳は輝きを取り戻し、まるで世界の見え方そのものが変わったかのような感覚が得られることがあります。このプロセスを通じて、トラウマの影響が徐々に和らぎ、心身ともに大きな回復と変化を体験するのです。
解離性同一性障害(DID)の人は、幼少時代から自分を守るために、サバイバル技術を駆使して生き抜いてきました。過剰な警戒心、身体の凍りつき、離人状態といった反応の中で、常に強いストレスを抱えながら生活しています。そのため、精神的な問題だけでなく、身体にも深刻な問題を抱えることが少なくありません。
特に、解離症状が重篤な人ほど、身体感覚が麻痺しているため、自分の身体の不調に気づくことが遅れがちです。気づいたときには、すでに何らかの身体疾患を抱えていることがよくあります。DIDの人は、胃腸や脊髄、喉、皮膚などに炎症を起こしやすく、下痢や便秘、痒みなどの症状に悩まされることが多く、心身ともに非常に厳しい状態に陥ることがあります。
まず最初に、全身の炎症を検査で確認し、必要に応じて炎症を抑える薬を処方してもらうことが、症状の改善に役立ちます。また、リウマチや線維筋痛症、慢性疼痛・疲労、過敏性腸症候群などが原因で日常生活が困難な場合、ボディセラピーや薬物療法、生活環境の調整を併用することが効果的です。
特に、夜間に人格交代が頻発し、精神的に不安定な状態に悩まされる人には、頭の中のざわつきを解消するために、妄想や幻覚を抑える薬が助けになることがあります。これにより、精神的な負担が軽減され、より安定した生活を送ることが可能になります。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平