離人感・現実感喪失症とは、自分が自分の身体や現実から切り離され、まるで観察者として自分や周囲を眺めているような状態を指します。たとえば、強烈なトラウマやショックを受けたとき、身体が凍りつき、痛みを感じる一方で、自分が身体から離れてしまい、自分を外から見るような感覚に陥ることがあります。このような状況では、あたかも自分が空間を移動し、遠くから自分や周囲を観察しているかのように感じたり、別の世界へ飛んで妄想にふけったり、意識が朦朧として気を失うこともあります。
一方、身体が自分のものでなくなったように感じると、時間や空間の感覚が消失し、意識が遠のき、皮膚感覚すらなくなり、現実感を完全に喪失することがあります。その結果、自分が誰であるか、何をしているのかがわからなくなり、アイデンティティの喪失感に苛まれるのです。
この症状が慢性化すると、つらい場面や困難な状況で感情が麻痺し、何も感じないままぼーっと過ごすようになり、心から楽しむことができなくなります。さらに、極限のストレスにさらされると、脳が勝手に指令を出し、身体が自分の意志とは無関係に動き始めることさえあります。時には、気を失う、別の自分が現れて行動する、といった現象が起こり、本来の自分とは異なる人格が社交的に振る舞ったり、誰かを傷つけたりすることがあります。しかし、こうした状況に直面した本来の自分は、どう対処すればいいのかわからず、誰にも話せないまま孤立してしまうのです。
離人感・現実感喪失症は、不安感や抑うつ感と並ぶ一般的な精神症状の一つですが、その研究は十分に行われていないのが現状です。
離人症は、生活全般のストレスが原因で発症することが多く、特に子どもの頃の親子関係の歪みや虐待、ネグレクト、DVの目撃、性暴力被害、いじめ、医療トラウマなどが大きく関係しています。さらには、子宮内でのストレスや誕生時のトラウマ、アトピー、喘息、過敏性腸症候群などの原因不明の身体症状も関連します。
離人症の人々は、幼少期から神経が非常に繊細で、日々を生きること自体が辛く、生きづらさを感じながら過ごしてきました。多くの場合、支配的な親や兄弟のもとで育ったり、学校でいじめを経験しています。こうした外部からの攻撃に対し、彼らは過敏に反応する身体を抑制し、心と身体を切り離すことで自分を守ろうとします。特に、支配と服従の関係の中で、本音や感情を表現できず、嫌なことを我慢して続けるうちに、自分自身が望むこととは真逆の行動を強いられていきます。
やがて、心と体のつながりが薄れ、足元がふわふわと地に足がつかない感覚に陥り、身体が自動的に動くように感じることもあります。また、頭を「空っぽにする」ことで、感情を抑え、何も感じない状態に適応してしまうのです。このような反応が習慣化していくと、やがて自分自身や他人の感情すらも分からなくなり、自分と自分の身体が異なる存在であるかのような違和感に苦しむようになります。トラウマの影響が深まる中で、鏡や写真に映る自分を見ても、それが「自分」であると認識できなくなることさえあります。
このように、心と体の分断が進むことで、離人症は深刻化していき、トラウマによって形成された防衛反応が日常生活に強い影響を与えるのです。
離人症を抱える人々は、他者との接触で距離を取らないと身体が固まり、息苦しくなり、心が「無理だ」と感じてその場から逃れようとします。彼らは現実世界からの生々しい刺激に非常に敏感で、生活全般にわたるストレスが増すと、麻痺症状が現れるようになります。突然、自分の足元から重力が消え、身体が宙に浮いているような感覚に襲われ、自分自身が自分の体内にいないように感じるのです。時には、背後や横から自分を眺めているかのように感じたり、自分の周りに膜やベールがかかったかのような感覚を持ちます。心の奥深くに自分が小さく縮こまっているように感じることさえあります。
些細な出来事でも過剰に驚いたり、頭がフリーズして思考がまとまらなくなったり、身体が動かなくなることもしばしばです。離人感が強い人は、周囲の人々や出来事が嘘っぽく感じられ、現実感が薄れていきます。まるで常に霧の中を歩いているような感覚に陥り、世界が灰色に見えたり、すべてが色褪せて見えることもあります。症状が進行すると、彼らは暗闇の中で生活しているかのような感覚に包まれ、周囲の世界がぼんやりとした輪郭しかなく、実体を持たないように感じるのです。
1.身体と心の解離:離人症がもたらす身体感覚の喪失
離人症を抱える人は、頭(心)と身体が一致しない感覚に悩まされます。神経が外に向けられ、心は頭の中で思考を巡らせたり、空想にふけったりしますが、その一方で、身体の感覚は切り離され、まるで身体が自分のものではないように感じながら日常を過ごしています。身体は長期間のストレスや緊張によって、慢性的に収縮した状態になっており、特に首や肩、背中などが硬く緊張し、全身に力が入っている状態です。
しかし、手足の筋肉は逆に伸び切っていて、足元はふらつき、力が入りにくく、自分の身体の一部に何か別のものがくっついているかのように感じることもあります。手足の筋肉は次第に弱まり、自分の身体を支えることが困難になっていき、喉は締め付けられて息苦しさを感じ、身体は鉛のように重くなって怠さが増します。
重度の離人症になると、身体は凍りついたままか、崩れ落ちているように感じ、自分の身体感覚が全く分からなくなります。頭の中には悪い思考やイメージが浮かび、それに囚われて過去の出来事に引きずり込まれてしまいます。頭と身体の一体感が失われ、全身が筋肉で繋がっている感覚も持てなくなり、内臓や皮膚の感覚すら分からなくなることもあります。
さらに、自分のボディイメージが薄れていくと、身体を動かすこと自体が難しくなります。身体が筋肉ではなく、一本の紐で繋がっているように感じ、自分の体を操り人形のようにして動かすことになります。日常生活では、身体感覚が麻痺しているため、手足が膨れ上がって自分のものではないように感じたり、まるで手袋やブーツを履いているような感覚に陥ることもあります。
表情も生気を失い、白っぽくマネキンのようで、肌の質感にも生き生きとした感じがありません。身体の重さやだるさ、鬱や低覚醒状態が続くことで、朝起きるのが非常に辛く、外出すればすぐに疲れ果て、風呂に入ることもできず、身だしなみが疎かになってしまうことがあります。
2.離人感と解離のメリット:自己防衛とパフォーマンス向上
離人感や解離には、いくつかのメリットが存在します。身体の感覚を切り離すことで、思考に集中しやすくなり、物事を深く掘り下げて考える力が養われます。生活の中で多くのストレスを抱えていたり、悲惨な状況に直面していても、その不安や他人の感情、さらには苦痛に対して鈍感になり、あたかも何も感じないように過ごすことができるのです。
また、他者との関わりにおいても、心の中で一歩引いた状態を保つことで、過剰に感情を巻き込まずにコミュニケーションを取ることが可能になります。これにより、感情的なストレスを軽減し、冷静な判断を下す余裕を持つことができます。
さらに、非常に危険な状況でも、身体の生理的な反応を切り離すことで、パニックに陥ることなく冷静な判断を下し、高いパフォーマンスを発揮することができるという強みもあります。身体が勝手に警戒態勢に入り、闘争・逃走反応が発動したとしても、恐怖や強い動悸、不快感を感じることなく、その場に適切に対処することが可能です。
これらの特性は、危機的な状況に対して強い防御機能を発揮し、過酷な環境でも自分を保つための重要な手段となるのです。
3.離人感と解離がもたらすデメリット:心と身体の断絶による影響
離人感や解離にはデメリットも多く存在します。心と身体が切り離されることで、身体が空っぽのように感じられ、感情が鈍麻し、時間の流れが掴めなくなり、思考が混乱することがあります。特に、不快な状況下では、すぐに圧倒されてしまい、原始的な神経系が優位に働くため、身体が凍りつき、迫害不安や被害妄想、強迫観念に囚われやすくなります。
また、社会的な交流に必要な機能や交感神経系が一部停止してしまうと、最小限のエネルギーしか使えなくなり、自分では話しているつもりでも、実際には頭の中で考えているだけで、声が出ていないこともあります。誰かと話していても、自分の表情や声が他人のもののように感じられたり、身体を動かそうとしても思うように動かせなかったりします。集中しようとしても集中できず、気がついたら何時間もぼーっと過ごしてしまうこともあります。
症状がひどくなると、意識が朦朧とし、視界が変わり、物の見え方が違って感じられたり、頭の中が整理できず会話ができなくなることもあります。さっきまでしていたことを思い出せなくなり、強い眠気に襲われて夢の中にいるような感覚に囚われ、現実感が失われます。その結果、自分がどこにいるのか、何をしているのかがわからなくなり、ただ生きているだけという感覚に陥りがちです。
この状態が続くと、次第にうつっぽくなり、無気力で過去の出来事や思考がぐるぐる回り続け、今を生きている実感が失われてしまうのです。
4.身体と心の断絶がもたらすアイデンティティ喪失と身体への影響
幼少期から自分の身体を切り離して生きていると、次第に自分自身がわからなくなり、アイデンティティやジェンダーに対する感覚が希薄になります。身体が刺激に鈍く反応するようになるほど、喜びや好きなことに対する感覚が麻痺し、心の成長も停滞してしまいます。日常生活の中で、自分の身体の状態に気づきにくくなりますが、実際には身体にダメージが蓄積されており、無意識のうちに限界を超えていることが多いのです。その結果、心と身体の両方が疲弊し、中年期に差し掛かる頃から、慢性的な疲労や痛み、胃腸や皮膚の炎症、原因不明の身体症状に悩むことが増えていく可能性があります。
身体と心の結びつきを無視し続けると、最終的には健康そのものが損なわれ、身体が悲鳴を上げる時が来るのです。これにより、日常生活の質が低下し、心身ともに大きな負担を抱えながら過ごすことを余儀なくされるかもしれません。
離人症の人は、現実感が薄れ、身体感覚が麻痺しているため、今この瞬間を感じることが難しくなっています。このような状態に対して、身体に働きかけるカウンセリングが有効であると言われています。身体にアプローチする訓練には個人差があるものの、半年から数年の継続により、さまざまな症状が改善されるケースが多く見られます。
ただし、すべての人に効果が出るわけではなく、トラウマのメカニズムを十分に理解していない場合や、身体に意識を向けることに抵抗感を持っている場合は、モチベーションを維持するのが難しいことがあります。また、恐怖に立ち向かうことができない人や、イメージを思い浮かべるのが苦手な人、身体感覚が乏しい人、身体が全く反応しない人にとっては、進展が遅れることも少なくありません。
1.離人症から回復した後の心と身体をつなぐプロセス
離人症が解消されると、これまで身にまとっていた「筋肉の鎧」や「着ぐるみ」が取り払われ、実体が戻ってきます。しかしその一方で、不安や緊張、警戒心が強くなり、感情の揺れを感じやすくなることがあります。頭(心)と身体がつながることには大きなメリットがありますが、現実世界の変化に圧倒されることや、これまで見えてこなかった現実に直面し、不安が増すこともあります。
また、身体の痛みや疲労感に気づくことで、日常的な動作がこれまで以上に大変に感じられることもあります。さらには、怒りや恐怖、悲しみ、恥ずかしさといった感情が湧き上がり、それらに葛藤することも増えるでしょう。単に頭と身体をつなぐだけでは、かえって生きづらさが増すこともあるため、身体に愛情を持ち、継続的にケアをしていくことが必要です。
2.呼吸と心拍数の調整による心身の回復
当相談室では、1分間の呼吸数や心拍数を測定し、それを正常な状態に戻すことで、心身のバランスを整え、生き生きとした表情や姿勢を取り戻すお手伝いをしています。特に、幼少期から親の支配下で服従を強いられ、緊張状態が続いてきた人々は、まるで敵に見つからないように息を潜めて生きていることが多いです。こうした長期にわたるストレスと緊張により、エネルギーが消耗し、手足に力が入らなくなり、首や肩、背中、胸の筋肉が固くなります。その結果、気管支の働きが弱まり、呼吸の回数が減少します。
一方で、現実の厳しさから逃れるために、体の感覚を切り離し、頭の中で心地よい空想に浸ることで、表面的には正常な呼吸数を保ちながら生活する人もいます。しかし、このような呼吸は深さや質を欠いており、根本的なリラックスや回復にはつながりません。
3.心と身体を繋げるアプローチ:離人症への効果的な方法
心と身体が一致しない感覚を抱える人には、「心の目」で身体を感じるアプローチが有効です。まず、自分の手足に力が入るか、温かさを感じるか、そして手足が自分の一部としてしっかり感じられるかを確認します。もし力が入りにくい場合は、手で物を握った感覚や、足を地面に着けて足の指先を感じ取ることから始めます。
次に、身体に振動を与える特殊な器具を用いて、凍りついた体内の感覚を引き出します。この過程では、ピリピリやジワジワとした微細な感覚を感じながら、頭の中で安心できる記憶や望ましいイメージを思い浮かべることが重要です。良いイメージが湧いてくると、身体が自然と緩み、血液の巡りが改善され、活動性が上がります。この変化を観察することで、頭と身体が少しずつ繋がっていくのです。
例えば、ポジティブなイメージを浮かべることで、胸やお腹の苦しさが和らぎ、温かさを感じられるようになります。さらに、目や口、肩を動かしながら、自分の身体の中の揺れや震え、不快感や緊張に気づいていきます。こうした気づきを繰り返しながら、身体の凍りついた部分が震えや熱を通して自然に回復していく習慣を身につけることが大切です。
最後に、頭の中を幸せなイメージで満たし、身体の声に耳を傾け、自由に体を動かすことを実践していきます。このプロセスを繰り返すことで、手足や内臓の感覚、筋肉の緊張、皮膚のはり、身体の重たさを感じられるようになり、心と身体が一致してくるのです。こうして心で身体を「見る」ことができるようになると、離人症の症状に対処できるようになります。
4.トラウマからの解放:身体と心を繋げるボディセラピーの力
長期的なストレスにより、全身が縮こまり、凍りついている状態にある人は、トラウマ記憶が蘇ると、身体がさらに固まってしまいます。トラウマの苦しみによって身体が硬直しますが、その固まった部分に意識を向けてみましょう。たとえ一瞬でも、その固まった部分に触れていくことで、人間が本来持っている自然治癒力が引き出され、身体が少しずつ拡張し、全体がリラックスしたバランスの取れた状態へと向かいます。
また、長年にわたって他者から虐げられ、全身が衰弱し、機能を停止したかのように生きてきた人の場合、トラウマ記憶が蘇ると、手足が力を失い、脱力状態に陥ります。この脱力感が強まる中で、同じように意識を脱力した部分に向けていきます。一瞬でもその部分に触れることで、自然治癒力が発揮され、身体が少しずつ収縮し、筋肉が再び感じられるようになり、血液の循環が改善されて全身に力が戻ってきます。
このように、身体が本来の姿を取り戻すことで、心が「住む」ことのできる身体が整います。最初のうちは、身体に心を置いていることが、この現実世界に縛られたように感じ、恐怖や不安、焦りが生まれ、逃げ出したくなるかもしれません。しかし、トラウマに焦点を当てたボディセラピーを続けることで、現実の変化に徐々に慣れ、身体と心が少しずつ調和するようになります。
やがて、身体に安心感を覚えるようになると、呼吸が深くなり、表情にも自然な生気が戻ってきます。姿勢が良くなり、睡眠の質も向上し、頭もすっきりして、数日前の忘れていた記憶を思い出すことができるようになります。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平