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被虐待児の心理的・身体的特徴と影響


本来、子どもは村社会のような環境の中で育てられるべき存在です。家庭だけでなく、地域や学校、さらには絆で繋がり合った社会全体が一体となり、子どもを守り、育てていく役割を果たすべきでした。しかし、現代社会では共同体が空洞化し、親子関係がこじれた子どもたちが支えを失っています。

 

特に、親から虐待を受けた子どもたちは、自分のホームベース、つまり心の安らぎや帰るべき場所がなくなってしまいます。本来ならば家庭や地域社会がその役割を果たすはずですが、今の社会ではそれが難しくなっています。結果として、こうした子どもたちは、複雑で厳しい現代社会を、孤立無援の状態で一人で乗り越えなければならない状況に追い込まれています。

 

このような状況では、子どもが自らの力で成長し、社会に適応することは非常に困難です。社会全体で子どもたちを支える仕組みを再構築し、彼らが孤立せずに安心して成長できる環境を整えることが急務です。

 

1. 親のトラウマと一貫性のない養育態度

 

虐待を行う親の多くは、自身が抱える未解決の怒りや恐怖といった深いトラウマに苦しんでいます。このトラウマが、彼らの感情や自己調整機能を著しく損ない、予測不可能な行動や一貫性のない養育態度に繋がっています。その結果、子どもは常に危険に晒されていると感じ、安心できる環境を得ることができません。家庭内では、親の顔色を窺いながら過ごすことが日常となり、子どもは過剰な警戒心を抱き、身体は常に緊張と不安に満ちています。このような環境では、子どもにとって家は安全な場所ではなく、むしろ恐怖を抱く場所として認識されるのです。

 

2. 恐怖に囚われた日常と生存戦略

 

こうした不安定な環境で育った子どもは、親の一挙手一投足に敏感になり、親がいつどこから現れ、何をしてくるのかを常に予測しなければならないという恐怖に囚われます。親の声や叫び声、足音に敏感に反応し、些細なことでも見逃さないように注意を払い続けます。このような過酷な状況では、子どもは命の危険を回避するために親の動向を観察し、その次の行動を予測して生き延びる術を身につけざるを得ません。しかし、家庭内には逃げ場がなく、子どもは自分の感情を必死に抑え、身体を小さく丸めて耐えるか、時には自分を大きく見せて立ち向かうしかないのです。

 

3. 身体的・精神的な影響とその代償

 

親からの過剰な躾(実際には虐待)の中で、子どもは息を止め、身体を凍りつかせることが常態化します。それでも、さらなる要求に応えなければならないため、感覚や感情を一時的に忘れて行動せざるを得ません。家の中では、親の機嫌を損ねないようにするために、常に適切なリアクションを求められ、高い同調性やパフォーマンスを維持しなければなりません。親の望むような行動を取ることで、予測外の出来事が起こらないよう祈るしかないのです。しかし、親は子どもが何も悪いことをしていなくても理不尽な行動を取ることがあり、そのたびに子どもは身を縮めて伏せ、頭を守りながら服従の姿勢を取ります。最終的には、どんなに酷い目に遭わされても、逃げるしかなく、それでも追い詰められ、心身の健康を害していきます。

 

4. 心の傷と社会生活への影響

 

このような日常的な緊張とストレスの中で、子どもは身体がこわばり、大げさに驚いたり、動けなくなったり、頭が真っ白になったりすることが多々あります。怒りや恐怖の感情、過剰な覚醒、生理的反応の混乱を抑え込もうとする中で、心身が麻痺し、解離症状やうつ状態、強迫観念、失感情症、離人症、自責感、体調不良といった症状が現れることもあります。虐待を受けた子どもは、どうすることもできない恐怖や絶望感を抱え、無力感や無価値観が増していきます。「自分には価値がない」、「愛されるに値しない」という低い自尊心を抱き、孤独や悲しみを内に秘め、基本的な信頼感を育むことが困難になります。

 

親子関係のミスマッチが深刻なほど、新しい人間関係でも過去の失敗を繰り返し、立ち上がる気力を失い、普通の人生を生きることが困難になります。虐待を受けた子どもが回復できずに成長すると、その後の人生においても、辛さや悲しみを内に秘めたまま、世界を冷めた眼差しで見るようになります。社会に出て、新しい経験をしても、その闇のフィルターを通してしか世界を見られず、楽しみや喜びに気づくことができません。酷い場合には、大人や他人との接触を恐れ、何をやってもうまくいかないと感じ、無気力に陥り、死にたいという思いに囚われることさえあります。

 

虐待は、何十年にもわたる深い傷跡を子どもに残します。その影響は、知的発達や精神発達、反社会的行動のリスク、世代間伝達などに大きなマイナスをもたらし、学校や社会で問題を引き起こすこともあります。最終的には、社会全体に悪影響を及ぼし、将来に負の遺産を残すことにも繋がります。

 

5. 虐待の影響と孤立する心

 

虐待の被害者は、心の痛みや苦しみを他人に打ち明けることが非常に難しいと感じることが多いです。特に、普通に育ってきた人々には虐待の経験がないため、相談してもその深刻さが理解されず、真剣に話を聞いてもらえないことがあります。このような状況に直面すると、被害者はさらに心を閉ざし、自分の問題を一人で抱え込むようになりがちです。また、虐待を行った親は、その事実を認めることがほとんどないため、被害者は自分の苦しみを誰にも打ち明けられず、孤立感が深まります。

 

一方で、虐待を行う親が非難されることが多いですが、子どもの側にも問題がある場合があります。例えば、子宮内ストレスや医療トラウマ、出産時の医療措置が原因で、子どもが幼児期にPTSDを発症し、これが破壊的な影響を及ぼすことがあります。このような状況では、母親が普通に育てようとしても、子どもが恐怖や痛みに過敏になり、適切な情緒交流が難しくなります。その結果、親子間にズレが生じ、虐待的な関係に陥ることがあるのです。

 

このように、虐待の問題は単純なものではなく、さまざまな要因が絡み合っています。被害者が孤立しないためには、周囲の理解と支援が不可欠であり、また親子間の複雑な関係にも目を向ける必要があります。

 

 

●被虐待児の特徴

 

1. 常に警戒しながらの生活
親がいつヒステリックに怒り出すかわからない環境で育つと、常に周囲に対して警戒し、過覚醒状態で過ごすことになります。この過覚醒状態では、心身が常に緊張しており、危険な状況に即座に反応しようとするため、安らぎを得ることができません。その結果、人は基本的に危険な存在であるという考えが深く刷り込まれてしまいます。

 

2. トラウマとしての虐待
虐待がトラウマとして記憶に刻まれると、悪夢やフラッシュバックに苦しむことになります。これらの記憶は時間が経っても消えることなく、心に深い傷を残し続けます。トラウマの影響で、日常生活でも突然の恐怖や不安に襲われることがあり、心の安定を保つのが困難になります。

 

3. 低い自己評価と他者への過度な配慮
親から毎日のように罵声を浴びせられると、自己評価が極端に低くなります。そのため、他者の顔色をうかがいながら生きるようになり、自分の意見や感情を抑え込むようになります。これにより、自己否定的な態度が強まり、自己肯定感が持てなくなります。

 

4. 心の傷と成長への影響

子ども時代に受けた心の傷は、大人になるにつれてますます深まり、親に対する愛憎が複雑化します。この複雑な感情の中で、心は大きな負担を抱え、精神的な健康に悪影響を及ぼすことがあります。その結果、過去の傷が心に残り続け、自己実現が難しくなり、人生の選択肢や可能性が狭まってしまいます。

 

5. 自分を責める感覚
今のような状態にあるのは、自分が悪かったからだとか、すべて自分の責任だと思い込んでしまいます。このような自己批判的な思考は、自己肯定感をさらに低下させ、問題の本質を見失わせることがあります。結果として、自己改善のための行動が阻害され、無力感が強まります。

 

6. 自己調整機能の欠如

幼少期に虐待を受けた子どもは、安心感を得ることができず、身体が過剰にストレスに反応します。その結果、自己調整機能が損なわれ、過覚醒と低覚醒の間を行き来するようになります。この状態が繰り返されることで、自律神経が乱れ、原因不明の身体症状が現れることがあります。また、感情を適切にコントロールする力が欠け、心のバランスが崩れやすくなります。

 

7. 感情の抑圧と身体的麻痺
怒りの感情を長期間内に押し込め続けることで、身体が徐々に麻痺し、感情を適切に表現する能力が低下します。この抑圧は、心理的負荷をさらに高め、心だけでなく身体的な健康にも悪影響を与えることがあります。例えば、慢性的な緊張や痛み、不眠症、消化器系の問題などが発生しやすくなります。

 

8. 親子関係の悪化

親子関係が悪いと、良い思い出がほとんどなくなり、精神的に落ち込んで元気を失うことが多くなります。この影響は人生全般に及び、健全な人間関係を築くことが非常に難しくなります。家庭内で得られなかった愛情や信頼を他者に求めることが困難になり、結果として孤独感が深まってしまうことがあります。

 

9. 長年のストレスと緊張
過酷な環境で育つと、長年にわたってストレスと緊張にさらされ続け、自己主張ができなくなり、身体が常に凍りついたような状態になります。これにより、エネルギーがすぐに枯渇し、社会生活が極めて困難になります。他者との関わりを避けるようになり、孤立感が深まるとともに、疲れや無気力感が増し、物事に対する意欲を失うことが多くなっていきます。

 

10. 親の支配と境界性の曖昧さ

親の過干渉が強いと、親子間の境界が曖昧になり、親の影響が自分の人生に深く残ります。これにより、自分自身のアイデンティティが不明確になり、自己決定や独立が難しくなります。親の期待や要求に応え続けることで、自分の意志や欲望が見えにくくなり、自己実現が阻害されることがあります。

 

11. トラウマによる身体的反応
親からの虐待や見捨てられた体験は、胸のざわつきやモヤモヤした不安、そして身体の節々の痛みを引き起こすことがあります。これにより、常に不安や恐れがつきまとい、身体が凍りついたり、脱力感を感じることもあります。これらの身体的反応は、トラウマが原因であることが多く、心と体の両方に深刻な影響を与えることがあります。

 

12. 過敏な身体反応と防衛機能

虐待によって過覚醒状態になると、身体が過敏に反応するようになります。音や光、匂い、気配、人、化学物質など、通常であれば気にならない刺激に対しても敏感になり、過剰に反応してしまいます。この過敏さから自分を守るために、極度に組織化された防衛的な人格構造が形成されることがあります。これにより、外界の刺激から自分を守ることができますが、その反面、他者との交流や社会生活が困難になることがあります。

 

13. 親の支配とダブルバインドの影響
親からの支配やダブルバインド(矛盾したメッセージを同時に受け取ること)の影響により、自分のしたいことがわからなくなり、考えがまとまらなくなることがあります。この結果、身体が固まり、フリーズ状態に陥り、意識が遠のくことがあります。このような経験が積み重なると、自分の意志を持つことが恐ろしく感じられるようになります。

 

14. 他人との接触への恐怖
子どもの頃からたくさん傷つけられてきた結果、大人になってから他人と触れ合うことが怖くなります。心と身体が限界に達することもあり、他者と深く関わることを避ける傾向が強くなります。その結果、自分の本音を誰にも話せず、何もなかったかのように振る舞うことが多くなり、孤立感が増していきます。

 

15. 親に振り回される生活
大人の都合に振り回されて育った子どもは、誰も自分のことを考えてくれないという感覚が強くなります。この感覚が成長後も残り、孤独感や無力感に苛まれることが多くなります。自己肯定感が低下し、自分の価値を見出すことが難しくなります。

 

16. 日常の理不尽さとどうしようもなさ
家の中で理不尽な目に遭うことが日常的に続くと、その状況に対してどうしようもない無力感を抱くようになります。変えられない現実に直面しながらも、何とか自分なりに答えを見出そうともがき続けますが、希望を見出すことが難しく、心が疲弊していきます。

 

17. 感情を抑え込む生活
親に怒りを向けても、却って辛い思いをするだけなので、次第に感情を表に出さないようになります。この結果、自分がこの世界に積極的に関わっているという実感が乏しくなり、生きる意味を見失ってしまいます。最終的に、ただ周囲の期待に合わせて生きるだけの消極的な人生になってしまい、自己実現の機会を失うことになります。

 

18. トラウマによる解離と主体性の欠如
発達早期にトラウマを経験すると、解離が生じることがあります。解離によって心と身体が分離し、自分が自分であるという感覚が薄れていきます。その結果、主体性が欠如し、人生をうまくコントロールできない感覚が強まります。これにより、自己決定が困難になり、他者に依存する傾向が強まります。

 

19. 身体的な不調と感情の関連

生活全般のストレスや緊張は、さまざまな身体的不調と密接に関連しています。胸の苦しさ、肩の緊張、喉の痛み、呼吸困難、頭痛、吐き気、めまい、腹痛、アトピー、蕁麻疹などの症状は、感情の抑圧や過度なストレスから生じることが多いです。これらの症状は、心身の健康を損なう原因となります。

 

20. 他者の表情に対する過敏な反応
他者の表情を過度に怒っていると認識しやすく、相手の言葉を否定的に捉える傾向があります。このため、他者に否定されることを恐れるようになり、コミュニケーションが困難になります。結果として、対人関係が緊張し、孤立感が強まることがあります。

 

21. 孤独感と依存
一人になると心細さや恐怖を感じるため、誰かにしがみつきたくなることがあります。この依存的な行動は、孤独感を和らげるための防衛反応として現れますが、その反面、自立心が育ちにくくなり、他者への依存が強まる結果となります。

 

22. 過覚醒と睡眠障害

寝る前になると脳が興奮し、過覚醒状態になり、眠れなくなることがあります。この不眠症状は、精神的な負担をさらに悪化させ、日常生活にも影響を与えます。睡眠不足が続くと、さらに過覚醒が強まり、悪循環に陥ることがあります。

 

23. 取り返しのつかない恐怖と無力感
重いトラウマを負った場合、取り返しのつかない恐怖や無力感に苛まれることがあります。この感覚は、日常生活において大きな障害となり、社会生活や人間関係に深刻な影響を与えます。

 

24. 成長後も続く影響
養育者に合わせることが苦痛であったとしても、それが日常となり、大人になってもその影響が残ります。結果として、他者に合わせて生きる傾向が強まり、自己表現が抑制され、自分らしさを失うことがあります。こうした影響は、個人の人生の選択肢を狭め、真に望む人生を生きることを困難にします。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

 

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