一般的に、トラウマを抱える人々は過覚醒症状が優位で、警戒心が強く、衝動的であり、交感神経系が「闘うか逃げるか」という選択を迫る過覚醒システムに支配されています。しかし、ここで注目するのは、闘うことも逃げることもできず、身動きが取れなくなった結果、体の内側に逃げ込み、凍りつくような低覚醒システム(解離性症状)です。この状態は、体が異常な反応を示し、脳が過剰に反応するために引き起こされます。
脳神経学的には、腹側迷走神経と交感神経のバランスが崩れ、背側迷走神経が主導権を握ることで、脳が異常な活動を始めます。この結果、身体は危険を感じると硬直し、凍りつき、離人症状や機能停止、虚脱感といった状態に陥ります。活動性が著しく低下し、安全な場所にいるとリラックス・休息モードに入りますが、恐怖から逃れられない場合には、身体が硬直し、動きが鈍くなります。筋肉は固まり、手足に力が入らず、足がすくんだり、思考が遅くなったりします。また、意識がぼんやりし、視界がかすんだり、声が出なくなることもあります。この状態は、日常生活において人間関係を築くことを困難にし、心身に大きな負担を与えるものです。
子どもの頃から、あがり症で人見知りが強く、吃音に悩んでいるため、内心は常にしんどさを抱えています。外の世界では、人の視線や人前に出ることが恐ろしく、注目されることを嫌がります。人の顔色を伺いながら、目立たないように生活し、消極的な行動が特徴です。大人しく従順であるため、学校では問題を起こさず、周囲からは放置されがちですが、その結果、健全な成長が妨げられている場合があります。
解離傾向が強くなると、自分が自分でなくなるような感覚に襲われます。足元がふわふわし、ぼんやりと天井の一点を見つめたり、路上の音に意識を集中したりすることが増え、意識が曖昧なまま時間が過ぎていくため、どんな作業にも時間がかかるようになります。学校では、周囲の子どもたちとペースが合わず、集団生活についていくのが難しく感じます。周囲に馴染めないことで、この世界に存在している感覚が薄れ、楽しさや嬉しさを感じられなくなり、一人で過ごす時間が増えていきます。授業中も集中できず、記憶することが困難で、先生の話が耳に入らず、頭の中で空想に耽ることがしばしばあります。特に酷いときは、一日中、何をしているのか分からないまま妄想に没頭してしまいます。
トラウマによる過覚醒の問題は広く認識されてきましたが、絶体絶命の状況で心身がシャットダウンし、息を止め、無力感に満ちた低覚醒システム(解離性症状)は、近年になって医療現場で少しずつ認知されるようになってきました。トラウマを負った子どもの約3分の1は、この低覚醒システムに陥っています。彼らは、絶望的な状況の中で無理に身体を動かしていくうちに、体力を消耗し、社会人として週5日働くことが難しくなることがあります。さらに、睡眠障害が続くと原因不明の身体症状に見舞われ、心身ともに悲鳴をあげ、さまざまな過敏症を併発することもあります。
低覚醒システム(解離性症状)の中で日常生活を送る子どもたちは、身体感覚の麻痺や感情の鈍麻、思考の鈍化に悩まされる一方で、過敏さが高まり、内心では非常に苦しい思いを抱えています。彼らは、自分が自分でなくなり、何も楽しめず、時間が止まったかのように感じ、考える力も希望もなく、まるで死んだように生きていると感じています。この状態は、過去に精神的ショックや虐待、性被害、いじめ、発達早期の医療措置など、さまざまなトラウマを経験した子どもたちに多く見られます。また、施設で育った子どもたちも、自分がそこで生活しているという現実感を失いがちです。
例えば、暴力的な親から逃げられない子どもは、布団の中で丸まって隠れるしかない状況に追い込まれます。しかし、隠れても追い詰められると、生命の危機に直面し、凍りついたり、服従したり、死んだふりをするしかなくなります。このとき、恐ろしい感情や感覚と心理的距離を取るために、身体感覚を麻痺させたり、現実から離れたぼんやりした感覚に陥り、まるで夢の中にいるような状態でやり過ごそうとします。
このような脅かされる生活が続くと、子どもたちは元気を失い、やる気や感情が薄れ、活動するエネルギーもほとんどなくなります。朝になると起き上がることができず、めまいや腹痛で動けなくなることもあります。このような状態の子どもを無理に学校に連れて行くと、彼らはパニックを避けるために必死に気を張りつめ、何も感じず何も考えないようにしてその場をやり過ごそうとします。その結果、無理を重ねた子どもたちは、表面上は取り繕っているものの、内面では生きる力を失ったかのように感じることがあります。
また、虐待や発達早期の医療措置、胎内環境などでトラウマを受けた子どもは、幼児期から常にびくびくしており、どうすればよいのか分からずに焦っています。新しいことを始めようとしても、恐怖や戦慄が近づいてきて、動悸が激しくなり、じっとしていられなくなります。その後も恐怖の中でおろおろしていると、身体が固まり、動けなくなります。呼吸が浅くなり、心臓が止まりそうに感じ、血圧が下がってめまいや腹痛、吐き気、さらにはパニック状態に陥ることもあります。
過酷な環境で育った子どもたちは、対人場面で強い感情が生じたり、嫌なことから逃げられなかったり、過度の疲労でエネルギーが切れると、無意識のうちに機能停止や解離、離人、虚脱、そして凍りつくような防衛パターンにはまり込んでしまうことがあります。この状態では、頭が空っぽになり、原始的な神経反応が優位になり、脳の働きも変わっていきます。その結果、自分が自分でなくなったように感じ、現実感が失われ、足元がふわふわする感覚に襲われます。
時間感覚も曖昧になり、最近の出来事を覚えていなかったり、幼少期や小・中学校時代の記憶が抜け落ちたりすることもあります。思い出そうとしても、嫌なことばかりが頭に浮かび、ぐったりと疲れてしまうのです。また、子どもの頃のトラウマの断片である認知的フラッシュバックによって被害妄想に取り憑かれると、呼吸が浅く早くなり、動悸が激しくなります。手が震え、汗をかき、身体を動かしたくなる衝動に駆られることもあります。
一方で、恐怖心が強まると、喉や胸が締め付けられるように苦しくなり、呼吸がしにくくなります。心拍数が低下し、身体や指先は冷たくなり、お腹の調子が悪くなって気持ち悪くなり、パニックやめまい、ふらつき、頭痛、吐き気といった症状が現れることもあります。
解離性症状としては、過呼吸や呼吸困難、心拍数や呼吸数の低下、パニック、身体の麻痺、原因不明の身体症状、頭痛、嘔吐、下痢、凍りつき、脱力、エネルギーの低下、思考の遮断、難聴、悪夢、夢遊病、忘れやすさ、憂鬱、抑うつ症状などが見られます。これらの症状は、トラウマの影響によるものであり、適切な理解と支援が求められます。子どもたちの心と体に及ぼす負担は非常に大きく、早期の対応が重要です。
低覚醒システムは、過酷な日常生活を生き抜くための一種の防衛策です。怒りや恐怖、痛み、悲しみ、寂しさ、恥ずかしさ、辛さといった感情から心理的に距離を取り、これらの感情を忘れたり、無かったことにしたり、あるいはぼんやりとした状態で感じないようにします。こうして自分の意識を変性させることで、生活全般の困難をやり過ごしているのです。
解離された情動やトラウマは、非常に辛い過去の記憶であり、それを思い出すと、日常生活を送ることが一層難しくなります。低覚醒モードに入っているとき、人は自己意識が曇りがちになり、ぼーっとして夢と現実の境目にいるような感覚を抱いたり、朦朧としたりします。そのため、やるべきことに取り組むのが難しくなったり、後からその行動を思い出せなかったりすることもありますが、その裏では複雑な感情が渦巻いています。
低覚醒が酷くなると、疲労やうつ状態で体調が悪化し、息を吸うのも辛くなり、低血圧によって椅子から立ち上がることすら困難になることがあります。生活全般の困難から完全にエネルギーが尽きると、抜け殻のようになり、絶体絶命のピンチにおいては、脳がシャットダウンすることさえあります。解離性昏迷(不動・虚脱状態)では、突然頭が真っ白になり、全身の力が抜けて崩れ落ち、無表情で無反応な状態になり、まるで気絶しているかのように見えることがあります。この状態では、思考も感情も停止し、身体を動かすことも、言葉を発することもできず、相手に意図を伝えることが難しくなります。結果として、他人からは不気味に見えてしまうかもしれません。
さらに、外部からの心ない言葉によって精神状態が不安定になると、幻聴や幻視といった幻覚が現れることがあります。虐待など危険な状況にさらされると、気分の浮き沈みに加え、人格が変わることがあり、闘争や逃走の人格部分が交代して現れる場合があります。こうした凍りつき状態が慢性化すると、手足が不器用になり、動きがぎこちなくなり、周囲から置き去りにされる感覚を抱くことがあります。
日常生活を営むための基本的なスキルが十分に育っていない場合、自分の代わりに別の人格が学校に行ったり、親の相手をしたりすることがあります。これが進行すると、解離性同一性障害や特定不能の解離性障害の基盤が形成されていくことになります。トラウマがもたらす影響は深刻であり、適切な支援と理解が不可欠です。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平